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白い狐が人々の足元を縫って茂みの中に入って行った。私が見える人間であることと凪が幽霊であることは彼らには分かっているはずである。警戒する様子は特になさそうなので声をかけてもいいかもしれない。同じことを思ったのか、凪が茂みに向かって口を開いた。
しかし、凪は声を出せなかった。たとえ見えていなくて声が聞こえていなくても、すぐ目の前に人がいる状況で大きな声を出すのは躊躇われた。凪の存在など知る由もない修学旅行生のグループが仲良く立ち止まって記念撮影をし始めたのだ。
タイミングを逃した凪が渋い顔をしているところに狐が戻って来た。怪訝そうに私達を見上げている。
「人の子、何か用でもあるのか。簡潔に頼む」
「あぁ、そのですね、俺が生前ここに来た時に会った不思議な子を探しているんですが……」
「そんなの知っているわけないだろう。この場にどれほどの貴族が訪れ、どれほどの狐がいたと思っているのだ。そのうちのどれが接触したかなど分からぬ」
「いや狐じゃないかもしれなくて」
「それなら余計分からぬ! ええい、無駄な時間であった」
忙しいのか、狐は柔らかそうな尻尾を揺らしながら茂みに飛び込んで行った。
「うーん……。そうだよなぁ。千年も前だし、狐や周りの妖の出入りもそれなりにありそうだよな。会う約束をしていた希子様と再会するよりも難易度高いか、これ」
「諦めるの?」
「諦めるというか、駄目元だったというか……。御前と来たかっただけというか……」
凪は千本鳥居に体を向けながら言う。背を向けられてしまったため最後の方は何と言っていたのかよく聞き取れなかった。御前と……何?
引き返して行く参拝客が凪のすぐ横を通った。ストールを通り抜けて進んで行くカップルのことを凪は目で追っている。二列に並んでいる右側通行の千本鳥居。行きは混んでいたが、帰りは多少空いていそうだ。
凪がこれでいいと言うのであれば、いいのだろう。おそらく。足元も心配なので、奥まで行けないのは残念だがここで戻ろう。
「本当にいいの?」
「いい。おもかる石とか持つ? やること済んだら下りようぜ」
「分かった」
奥の院周辺を一通り見学してから、私達は千本鳥居へ戻った。人のまばらな復路を歩いていると、やや前方を進んでいた凪が立ち止まって振り返った。丹頂鶴を思わせる大判のストールが大きく翻る。
朱色が無数に並ぶ中で広がった白と黒がとても美しかった。束帯の黒も際立って見える。思わず見惚れてしまって言葉が出なかった。スマホを構えていなかったのを後悔するほど素晴らしい絵である。
「煌羽」
金色の瞳が私を見据える。あぁ、綺麗な琥珀だな。
「契約してくれ、俺と」
「えっ、ここで!」
「綺麗で格好いい俺に似合いの景色だろう?」
「そうだけど」
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