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伍 縁側の二人
京都の和菓子屋に現れる平安貴族の幽霊に関する案件は、対象の成仏という形で完了したと報告書にまとめた。凪と彼女のあれやこれやの会話などはプライベートなので書いていない。叔父の元に送っていた手紙の原本も、解決したと連絡を入れたので少しすれば凪の手元に戻る。
代表は「お疲れ様」と言って真剣そうに報告書に目を通した。しかし私が報告書を手渡すまで凪のことをにやにや見ていたのは見逃しませんでしたよ。本当に好きですね、代表は。
「あのじじいマジでいい加減にしてくれ。じじいに見つめられても嬉しくねえぞ」
定例会での報告を終え、集会所の外に出たところで凪が言った。
「まあまあ、そこまで言わなくても。確かに代表の視線は気持ち悪いけどさ」
「御前は自分が見られているわけじゃないからそう言えるんだ。俺の気持ちになってみろよ」
遠慮させていただこう。
最寄りのバス停へ向かって畑と畑の間に走る道を歩いていると、後方から車の走行音が近付いて来た。白塗りの高級外車である。スピードが落とされ、後部座席の窓から涼音ちゃんが顔を覗かせた。
「雨夜さん。お疲れ様です。凪様も」
「おっ、今日も乗せてくれるのか?」
「涼音の車はタクシーじゃないぜ! チャラ麻呂!」
「チャラっ……!?」
涼音ちゃんの膝に乗っていたカワウソが窓枠に小さな手を載せて外に顔を出した。無口な彼が声を出すとは珍しいこともあるものである。
「こら、凪様に失礼なこと言わないの。貴族なんだよ」
「人の子の事情なんか知らねえもん!」
「おい小動物、俺の方が見てきた時間長いんだぞ」
「でも死んでるじゃん! 生きてる時間はチャラ麻呂よりおれの方が長いもんね!」
「こら! こらやめなさい!」
「凪もカワウソ相手に張り合わないで」
カワウソはあっかんべーをしてから車の中に引っ込み、涼音ちゃんの膝の上で丸くなった。黙っていればかわいらしい生き物であり誰の膝の上でも安らかな寝顔を見せてくれるのだが、口を開けば喧嘩腰の台詞ばかりが飛び出して来る。
名のある祓い屋である馬屋原家の令嬢が連れ歩く式としては気質にやや難ありなカワウソだが、涼音ちゃんはカワウソのことを気に入っているしカワウソも涼音ちゃんに懐いているので問題はないのだろう。
「ごめんなさい凪様」
「いやぁ、いいよ。小動物の言うことなんか気にしてないから。チャラいのは事実だし」
「……霊媒師と祓い屋では違う部分もあるかもしれませんが、わたしもいつか煌羽さん達みたいにこの子とちゃんと仕事ができるといいな……と、思います」
「私達だってまだまだだよ。でも、目標にされてると思うと気合入るね。涼音ちゃんも頑張って」
「はい! 修行頑張ります!」
それでは、と優雅に手を振って涼音ちゃんは窓を閉めた。白塗りの高級外車が発進し、遠ざかって行く。今日は乗せてくれるわけではなかったようだ。
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