伍 縁側の二人

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 車を見送って、ふと凪の方を見ると彼は思い詰めた顔で爪を睨み付けていた。この間塗ったばかりなのでまだ彼の爪には青い空を背に丹頂鶴が羽撃いている。 「なぁ、煌羽」 「何?」 「俺ってチャラいか?」 「やっぱり気にしてたの」 「気にしてない! 気にしてないし事実だし! でも、改めて面と向かって言われると『やっぱ、そう見えてるのかなあ?』って思って。もう少し貴族然としてた方がいいのかな」  頭左大弁藤原宣忠がチャラチャラホストと成り果てた過程を私は知らない。変化は気が付かないほど僅かな部分から始まり、いつの間にかほとんど完成していたのだ。生前より自負している「綺麗で格好いい自分」の姿を現代の世で追い駆けた結果なのだと思う。  つんとした冷たく高貴な空気を纏っている時は苦手なので、チャラついていた方が楽だ。というのが私の答えになるのだが、それは本来持っていた彼のかつての姿を否定することにはならないだろうか。いや、つんとしているところも格好良くて好きだ。絵になる。好きだが、近寄りがたさを感じてしまうので話しかけにくい。怖い顔さえしていなければ貴族然としていたって平気だ。静かで優雅で、とっても素敵だから。  凪は私の返答を待ちながら、ネイルの光る指先で茶髪をいじっている。 「私は、今の凪もいいと思うよ。平成満喫って感じで」 「御前がいいって言うならいいか」  髪から手を離して、彼は朗らかに笑った。  今の凪にはそういう笑顔が良く似合う。元々明るい方だったという彼だが、出会ったばかりの頃は暗い顔をしていることも多かった。生前からの明るさと新しく会得したチャラさが今の凪を構成している。にこにこしている彼を見ていると私も嬉しくなる。  その後最寄りのバス停から明昼に帰り、帰宅した私は弾む足取りで台所へ向かった。流行に疎い私が珍しく先日発売されたばかりのお菓子を買って来たのである。仕事を終えてご褒美のお菓子と共にハッピーな時間を過ごすのだ。  しかし、冷蔵庫を開けた私を出迎えたのは『私の! 食べるな 煌羽』と書かれた付箋だけだった。この家にいるのは二人だけなので、犯人はすぐに分かる。部屋で着替えている間に盗まれたらしい。  縁側に出ると、凪が風を感じながらシュークリームを頬張っていた。 「凪、それ」 「おっ。これめっちゃ美味いな! 栗のクリームが秋を感じさせてとてもいい。でもどうしたんだよ、朝一で買って来てたの? こういうのって当日消費期限だよな」 「それ、私のなんだけど。付箋くっ付いてなかった?」  凪はもぐもぐとシュークリームを咀嚼しながら、シュークリーム屋さんの紙袋を見る。 「付いてた。……でも、二個入ってたから片方は俺のかなと思って。まさか二個共食べるつもりだったのか。太るぞ」 「今日二つ食べてもしばらく控えれば問題ないよ。仕事のご褒美に……って、普通のやつと期間限定のやつを買ったんだけど……」  凪が手にしているのは十月の期間限定栗シュークリームである。ということは、袋の中に入っているもう一個は普通のシュークリームだ。
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