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待っていた
「僕を待っていてくれたのですか?」
少女がこくりと頷くと、きぃぃと音が鳴った。
「ええ。わたしはずっと待っていた。わたしを知っている、だれかを。あなたはわたしの正体を知っていたのでしょう? 教えて、あなたは何者?」
濡れた髪を拭くこともなく、神永は優しく微笑んだ。
「僕は人形師です。本業は人形を作る職人の端くれなのですが、裏稼業で訳ありの人形をひきとっているんです」
「そう、人形師……。この屋敷の所有者にでも依頼された?」
神永は濡れた頭をガリガリと掻いた。
「気づいていたのですね。きっかけは依頼なのですが、あなたの姿を見た瞬間、気が変わりました。依頼などなくても、あなたの傍にいきたいと。だってあなたは、とてもきれいだから」
目を細めながら、神永は少女を、いや、少女の姿をした人形を見つめている。神永は人形の少女を、本気で美しいと思っているのだ。
「わたしはこの通り、古びた人形よ。何年も手入れされてないから、あちこち傷んでる。おまけに人の魂が宿ってるから、おかしなチカラまであるし」
驚く様子もなく、神永は腕を組みながら頷いた。
「ええ。人形だって、大切な存在です。命を宿している人形ならば、尚更大切に扱わなくては」
アンティックドールである少女は、本来はただの人形でしかない。けれどその身には、ひとりの少女の魂が入り込んでいた。
「わたしを大切にしてくれた女の子はね、とても可愛い子だったわ。父親も彼女を、それはそれは大切にしていた。けれど大切にしすぎて、彼女をこの部屋から一歩も外へ出さなかったの。外へ出ることに強く憧れたまま、少女は病気で亡くなってしまった」
アンティックドールの少女は、きぃぃと音をさせながら窓の外を見つめた。
「満たされなかった少女の思いと魂は、ただひとりの友であった人形の中に残ってしまった。なぜだかわかる?」
神永は微笑みながら、手をゆっくりと開いた。
「依頼主はあなたのことを、呪いの人形だと言っていました。呪われた人形のせいで、屋敷の扉を開けることができないと。荒れ果てた洋館を早く処分したいから、呪いの人形を引き取ってくれ、と。でも僕はこう思うんです。あなたはただ、もう少しだけ生きていたかったのだと。生きて、外に出てみたかったのですよね。けれど一度も外に出たことがないから、だれかが迎えに来てくれるのを待っていた……違いますか?」
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