もう少しだけ

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もう少しだけ

 アンティックドールである少女は、きしきしと音をたてながら、こくこくと頷いた。 「ええ。わたしは待っていた。わたしに気付いて迎えに来てくれる人を。呪いの人形でしかないわたしを、あなたはひとりの人間のように扱ってくれたわね。もうそれで十分よ。さぁ、わたしを外へ連れ出して。あの青い空の下に連れ出してくれたら、もう処分してもかまわないわ」  人形でしかない少女にとって、しなびた洋館は自分の身を守る存在であると同時に、自分を閉じ込める呪われた屋敷でもあったのだ。 「あなたを処分? とんでもない。先程も言いましたよね? 僕はあなたを引き取りにきたんです。ここを出て自由になりましょう。ずっとここに閉じ込められてきたのですから、あと少しだけ生きていたって、神様は怒りはしませんよ」  神永は朗らかに笑いながら、人形である少女に告げた。 「わたし、もう少しだけ生きていいの? 人形なのに?」 「ええ、もちろん。だって、あなたはこんなにも美しいのだから」  そっと手を伸ばし、神永はアンティックドールの少女の髪に触れた。埃をそっと払うと、にっこりと笑う。 「うちにはね、あなたのように訳ありの人形がたくさんいるんです。きっとお友達もできますよ。だからここを出ましょう」  濡れた神永の髪から雨粒がこぼれ落ち、人形でしかない少女の大きな瞳にたまっていく。はらはらと流れる雫は、雨粒だけではないだろう。 「わたし、生きたい。神永さんが天に召されるその日まで、あなたの隣で、もう少しだけ生きていたい」 「ええ、歓迎しますよ。さぁ、いきましょうか? お嬢さん」  神永はアンティックドールの少女をそっと抱きかかえると、ゆっくり外へと連れ出した。 「ああ、そうだ。大切なことを聞くのを忘れました。あなたの名前を教えてください」  神永に抱き上げられ、なぜかほんのり体が熱くなるのを感じながら、少女は笑った。 「わたしはマリーよ。鞠子(まりこ)という少女の人形だったからマリー」 「マリー。良い名前です。これからよろしくお願いしますね、マリー」 「ええ、よろしくね」  雨は止み、差し込む太陽の光が、二人を優しく包み込んだ。  了  
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