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その出来事は突然だった。
連日の激務の蓄積した疲労が体に表れ会社に行くことを億劫に感じていた中、いつもと同じように会社に行くために駅に向かっていた朝のことだった。
ズゴーン! ズゴーン!
「なんだ?」と俺は体を後ろに向けると、なんと百メートルぐらい離れた先の地面が崩れさっていっているではないか。
「ちょちょ! ちょっとちょっと! なんだなんだ! どうなっているんだ!」
焦った俺は自分が疲れていることも忘れ、駅に向かって一心不乱に全力で走った。
ズコーン! ズコーン!
何かの間違いじゃないかと思って、何度も後ろを振り返るも、地面が崩れ去っている光景は変わらず、その異変は俺を追いかけるように、徐々に近づいてきていた。
「嘘だろ? 俺は幻覚でも見ているのか?」
走りながら自分の頬を強くつねるも、刺すような痛みが頬を走り抜けるだけで、幻覚ではないのは確かだった。
「お兄さん遅刻かい?」と箒で地面を掃いていたおばあちゃんが笑顔でそう言うと、「あんた何をしているんだ! このままだとあんた死んでしまうぞ!」と一気に捲し立てた。
俺は地面が崩れさってきている方に指をさすと。
「死ぬ? いったい何のことだい?」
おばあちゃんは指のさす方に顔を向けるも、首を傾げるだけだった。
ズコーン! ズコーン!
「いや! だからあれだって! 見ればわかるでしょ!」
「あれ? あんた寝ぼけているのかい?」
「はあ! あんたこそボケているのか! 地面が崩れ去ってきているのがわからないのか?」
笑顔から一転、徐々に怪訝な顔つきになっていくおばあちゃんは俺に鋭い視線を向けた。
「兄ちゃん? ちょっと働きすぎなんじゃないの? ちゃんと休みはもらってるの?」
「いや! 確かに休みは月に一度しかないブラック企業だけど! あれはさすがに疲れによる幻覚ではないのは分かる!」
とても荒々しい剣幕で怒鳴ってしまったが、おばあちゃんはそれでも態度を変えなかった。
「あんた…ちょっと病院に行った方がいいんじゃないの?」
「病院? 俺が?」
自分に向かってゆっくり指をさすと、おばあちゃんは呆れたように一度だけ首を縦にふった。
ズコーン! ズコーン!
地鳴りの方に顔を向けると、それはもうそこまで迫っていた。いつまでもこうしてはいられない。俺はおばあちゃんをその場に残して、俺は走り出した。
「ちょっと! あんた本当に大丈夫かい!」
俺の背中に向かっておばちゃんは声高にそう言ったが、俺は無視して走った。
「ちょっと! 聞いているのかい! なんだい? 最近の若者は…ん? 地面がなんだか揺れるね? 地震かね?」とおばちゃんが言った時だった。
「うおおおおおおおお!」とおばちゃんは地面が崩れさった先の奈落の底に一直線に落ちていったのだ。
「ああ! だから言ったのに!」
ズコーン! ズコーン! ズゴゴーン!
大きな地鳴りと共に俺のすぐ真後ろまで大きく崩れ去ると、
「ああ! もう駄目だ!」と自分の足元の地盤が斜めに傾いた時、奈落の底が見えた。
「うわあああ!」
周囲が滑るように奈落の底に向かって崩れ去っていく中、俺はどうにかして崩れた地面の端につかまっていた。
俺は両手でよじ登るように地上に出ると、また大きな地鳴りが鳴った。
「ああ! ちょっと待ってくれ!」
だがそう言った時にはもう遅かった。
地はまた大きく崩れさり、俺を地の底にいざなったのだ。
「あああああああああ!」
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