2.湖底に沈んだ記憶

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2.湖底に沈んだ記憶

 翌日の正午、ミコトはI町の最寄りの無人駅で下車して、改札口を出た。  花柄のワンピースを着て、お洒落な麦わら帽子を被ったモデルのように美しい女性が、赤い小型のキャリーバッグを右手で引き、濃緑の表紙のスケッチブックを3冊入れた薄茶色のトートバッグを左肩に下げて歩く姿は、それだけで絵になる。  だが、乗降客は誰もおらず、この貴重なショットを記憶に留める者はいなかった。  ミコトは、駅舎の外に見えている寂れた商店街の建物が、真上から照りつける陽光で焼かれて、見るからに熱を帯びているのを見て嘆息する。 「めちゃくちゃ暑そうね」 「どれどれ」  トートバッグの中から、そんな声が聞こえて来たかと思うと、スケッチブックの一つがもぞもぞと動いて黒猫に姿を変え、顔を覗かせる。これは、ニャン七郎だ。 「確かに、暑そうだな」 「何? もう猫に戻って良いのかの?」  今度は、もう一つのスケッチブックが動いて白猫に姿を変えた。こちらは、(たけ)()だ。  二匹は、電車に乗ることを配慮して、スケッチブックに変身していたのである。  ミコトは、二匹が仲良く並んで顔を覗かせるトートバッグに目を落とす。 「もう……。人が見ていたら、どうするの?」 「どうもどうも、と挨拶してやるさ」 「見たなー、でも良いかもの」 「良くない」  そんな会話をしながら、ミコトが駅舎を出て、ふと左を見ると、横長のベンチに白いワンピース姿で髪がショートカットの少女が俯いて座っているのが見えた。  ミコトと二匹の猫の視線を奪うその少女は、靴を履いていない両足を揺らしている。  遭遇の仕方が(たけ)()の時と似ているなと思ったミコトは、少女が幽霊ではなく怪異である事を見抜いた。それはもちろん、ニャン七郎も(たけ)()も同じだった。  少女は、視線を感じたらしく、足の動きを止めて右へ顔を向ける。おかっぱ頭で童顔の少女は、眩しそうに目を細めてミコト達を数秒間見つめていたが、真一文字に結んだ唇を緩めた。 「見えるんだ」  ミコトが無言で頷くと、 「あ、そっか。その猫を連れているから、当たり前か。聞くまでもなかったね」  少女は、そう言って、足で弾みを付けてベンチから降りた。
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