7人が本棚に入れています
本棚に追加
2.湖底に沈んだ記憶
翌日の正午、ミコトはI町の最寄りの無人駅で下車して、改札口を出た。
花柄のワンピースを着て、お洒落な麦わら帽子を被ったモデルのように美しい女性が、赤い小型のキャリーバッグを右手で引き、濃緑の表紙のスケッチブックを3冊入れた薄茶色のトートバッグを左肩に下げて歩く姿は、それだけで絵になる。
だが、乗降客は誰もおらず、この貴重なショットを記憶に留める者はいなかった。
ミコトは、駅舎の外に見えている寂れた商店街の建物が、真上から照りつける陽光で焼かれて、見るからに熱を帯びているのを見て嘆息する。
「めちゃくちゃ暑そうね」
「どれどれ」
トートバッグの中から、そんな声が聞こえて来たかと思うと、スケッチブックの一つがもぞもぞと動いて黒猫に姿を変え、顔を覗かせる。これは、ニャン七郎だ。
「確かに、暑そうだな」
「何? もう猫に戻って良いのかの?」
今度は、もう一つのスケッチブックが動いて白猫に姿を変えた。こちらは、長子だ。
二匹は、電車に乗ることを配慮して、スケッチブックに変身していたのである。
ミコトは、二匹が仲良く並んで顔を覗かせるトートバッグに目を落とす。
「もう……。人が見ていたら、どうするの?」
「どうもどうも、と挨拶してやるさ」
「見たなー、でも良いかもの」
「良くない」
そんな会話をしながら、ミコトが駅舎を出て、ふと左を見ると、横長のベンチに白いワンピース姿で髪がショートカットの少女が俯いて座っているのが見えた。
ミコトと二匹の猫の視線を奪うその少女は、靴を履いていない両足を揺らしている。
遭遇の仕方が長子の時と似ているなと思ったミコトは、少女が幽霊ではなく怪異である事を見抜いた。それはもちろん、ニャン七郎も長子も同じだった。
少女は、視線を感じたらしく、足の動きを止めて右へ顔を向ける。おかっぱ頭で童顔の少女は、眩しそうに目を細めてミコト達を数秒間見つめていたが、真一文字に結んだ唇を緩めた。
「見えるんだ」
ミコトが無言で頷くと、
「あ、そっか。その猫を連れているから、当たり前か。聞くまでもなかったね」
少女は、そう言って、足で弾みを付けてベンチから降りた。
最初のコメントを投稿しよう!