2.湖底に沈んだ記憶

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「しゃせい?」 「ダムの風景の絵を描くの」 「描いては駄目だ」 「どうして?」 「あんな忌まわしい場所を描いてはいけないと言っている」 「一体、あそこで何があったの?」  眉を寄せるミコトだったが、炎天下で議論するのは辛いので、無人駅の誰もいない駅舎に入って話をすることを少女に提案する。  他人には見えない少女なので、誰かがミコトを見たら独り言を言っている危ない人に見えそうだが、(ひと)()が無いし、次の電車が来るまで1時間以上あるので、少しの時間の会話なら良いだろうという判断だ。  駅舎の中にある二人掛けのベンチの左側にミコトが座って、右側を空けたが、そこにトートバッグから飛び出したニャン七郎と(たけ)()が、仲良く並んで場所を塞いだ。  怪異に座らせないためだ。  腕組みをする少女は、フンと鼻を鳴らす。 「ねえ。ダムで何があったの?」 「お(やしろ)が水の底に沈んだ」  ミコトは、やっぱりそうか、と思った。 「人間が大切にしてきた神聖な場所を、人間自らが水の底に沈めた。おかしいと思わないか?」 「お社は、そのままにしないで、何処かへ移設したと思うけど?」 「なら、行って見てみろ。(ほこら)が沈んでいるぞ」  きっと、古くなって取り壊した祠の事を言っていると思ったが、これ以上、推測で怪異とやり合うほど気力が湧かない。 「じゃあ、祠が沈んでいるとして、私にどうして欲しいの?」 「取ってきて欲しい」 「祠を!?」 「違う。勾玉だ」  ミコトは嘆息して天を仰いだ。
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