1.いなくなったペット

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 道を歩いているときに幽霊と()(くわ)すくらいなら、さほど驚かないミコトでも、カーテンを開けたら窓枠の下側に晒し首が乗っているような格好で顔を出している幽霊と遭遇したとなると、さすがに肝を冷やす。血色のない顔をよく観察すると、見た感じから小学校低学年に見えるが、小顔の子もいるので何とも言えない。  一旦落ち着いて呼吸を整えたミコトは、何かを訴えているような少女の(そう)(ぼう)が気になるので、「どうしたの?」と少女に声をかける。 「おねえちゃん。わたしが、みえるの?」  元々、幽霊は小声が多く、さらにガラス越しなので声は消え入るようだが、何とか鼓膜に届いた。ミコトが頷くと、少女は驚きの表情を見せたが、すぐに悲哀の色を顔に浮かべる。 「なら、さがしてほしいのがあるの」 「それは何?」 「きて」  そう言い残して、少女の頭がスーッと下降してミコトの視界から消えた。こんな夜中に初対面の相手に対して探し物を手伝えというのは、面倒な話だ。それは、探すのが面倒なのではなく、周囲の目を気にしないといけないからだ。 「どうしよう……。でも、放っておけないわ」  彼女は赤い小型のキャリーバッグを開けて着替えを探す。花柄のワンピースが出てきたが、夜中に着て歩くのはどうかと思う。結局、今日の昼間に着ていた白いブラウスと紺のズボンに手を伸ばす。  170センチを越え、モデルのようなスタイルのミコトは、こんな軽装の外出着でも人目を引く。ブラウスを着た小顔の彼女は、黒髪ロングヘアを大きく掻き上げる姿が絵になる。来年で二十歳(はたち)の彼女は、ズボンを穿いた後、この格好が知り合いの叔母さんっぽいと嘆息するも、白蛇の(なわ)(ぐち)(たけ)()の方が30倍以上生きているので、あっちが「おばさん」だと笑って扉へ向かった。 「あっ。どうしよう――」  民泊のこの家は、自分一人ではない。夜中に女の子が出歩くと何を言われるか。それ以前に、家の外へ出られるのか。  ミコトは、スローモーションのように開けた扉が少し軋んでは肩をすぼめ、廊下も軋むので端を歩き、階段を忍び足で降りても軋むので、時折足を止める。不法侵入の女忍者を演じる彼女は、この家の老朽化ぶりを嘆くも、窓から漏れる月明かりを頼りに歩いて、いよいよ裏口に立った時、大きめの息を吐いた。 『チェーンがかかっている――』  田舎へ行くと鍵をかけていない家が多いが、さすがに民泊だから、宿泊客の安全を配慮しているのだろう。それが、今は仇となった。外すのは難なく出来ても、その後だ。家人が起きて、チェーンのかけ忘れだと思ってセットされたら締め出しを食らう。少女の幽霊の手助けを借りて窓から入るなんてことは無理もいいところ。 『でも、昼に幽霊と合う方が難しいわ』  待たせるわけにも行かないので、ソーッとチェーンを外す。金属が触れ合う音に肩をすぼめるも、何とかチェーンを垂らして、静かにドアを開ける。虫の()と外気が家の中に入ってきて、空調の効いた部屋では忘れがちな夏の夜のムッとする空気に触れたとき――、 「――――!」  人影が視界の右から左に向かってスーッと現れて、思わず声を上げそうになった。  真っ白の袖無しワンピースを着た、裸足の少女だ。顔は、4分前に窓から見た丸顔。あの幽霊が地上に降りたのだ。  背格好から、やはり小学校低学年に見えた。黒髪を胸まで垂らし、泣きそうな顔をしている。  つくづく、『人を驚かせる子だ』と思ったミコトは、『いや、幽霊か』と訂正。 「きて」  少女の幽霊は、そう言い残して左方向へ立ち去った。
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