2.湖底に沈んだ記憶

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 バスがKダム近くのバス停に到着すると、ミコトは最後に降りることにした。乗降口からゾロゾロと降りていく客の間から少女の姿が見えていて、何を悠長にしていると言いたげな顔を向けているが、先に降りて事情を()くと、姿が見えない相手と会話する怪しげな女に思われるので、こうしている。  全員が降りたので腰を上げると、顔に焦燥の色を浮かべる少女が車内へ入ってきた。 「蛇が水に潜ったまま、戻ってこない!」  嫌な予感が的中した。バスを追いかけて何かを訴える少女の姿から、勾玉は見つからなかったとか、見つかったはいいが少女が無礼で(たけ)()と喧嘩したとか、色々な状況を頭に浮かべていたが、可能性が低い一つとして頭に浮かんでいた事がその「(たけ)()が戻ってこない」だった。  しかし、ミコトは――怪異の声なので確認するまでもないことだが――運転手に少女の声が聞こえなかったことを念のため確認すると、少女を無視するように下車し、バスの時刻表の前に立ち、帰りのバスの時刻を調べている風を装う。なぜなら、バスは行ってしまったが、時刻表が書かれたポールの後ろにまだ三人の中年女性が、話の続きで盛り上がって立っていたからだ。 「心配しないのか!?」 「そうじゃないの。人がいなくなるまで待ってて」  オロオロする少女に纏わり付かれるミコトは、バスの時刻表を見ているようで、実際は、立ち話をする女性連の姿をチラチラ見ながら、小声で少女へ伝える。そして、あの人達が早くダムの方へ行って欲しいと願った。  だが、ダムを見に来たのか、話しに来たのか分からない女性陣は、一歩も踏み出さない。  いつまでも、一日数本しかないダイヤの時刻表を見ているのは、これはこれで怪しいので、ミコトは彼女らに背を向けてダムと反対方向へ、行く道が分からない風を装って距離を取る。少女はミコトと向かい合わせになり、ミコトの進行方向へ後ろ歩きする。  少女が、いつなら声をかけて良いのか迷っている様子だったが、話を促さず、ミコトの方から質問を開始した。 「戻ってこないって?」 「そうだ。昨日の夕刻から、ずっと待っていたが、浮かび上がってこないのだ」 「まだ探している最中とか?」 「それにしても遅すぎる」 「洪水が来たのでしょう? 勾玉が流されたとか?」 「いや、祠の中にある」  何を根拠に言い切るのかは不明だが、確信を持って答えるので、こちらまでそう思えてくる。すると、背中から声が掛かった。 「ダムはそっちじゃないですよ」  ビクッとしたミコトは、振り向いて「ありがとうございます」と頭を下げ、麦わら帽子の上から頭を掻く仕草をする。声をかけたのは、立ち話に夢中な女性の一人だった。
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