2.湖底に沈んだ記憶

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 怪異でも水に溺れることがあるかは定かではないが、とにかく、(たけ)()が水中から何時間も出てこないと言うのは異常事態だ。  蛇が潜ったという少女の言葉から、(たけ)()は白蛇になって水の中へ入ったのは確実だ。水が苦手でも見栄を張って無理して飛び込むとは思えないので、勾玉の探索は実行され、見つかったか否かに(かか)わらず、湖面に姿を現すはずだ。  それを少女が見逃した可能性もあるが、(たけ)()は少女を捜し出すだろうから、会っていないのはおかしい。  気を揉むミコトだが、どうして良いのか判らない。  とりあえず、声をかけた中年女性がダムの方へ歩み始め、時折後ろを向いて、迷子になりそうな若い女性の行き先を確認しているので、今は、見学コースを行く観光客を演じるしかない。  少女は、ミコトの背中に「どうするのだ?」としつこく問いかけるが、まずは見学者を装うしかないので、前を向いたまま「任せて」と小声で言葉を返す。  ところが、前を歩く三人の中年女性の一人がこちらを向き、指を差して何かを言う。すると、二人が次々とこちらを振り返って立ち止まった。ミコトが『何かしら?』と思っていると、 「あなた。動物を連れて入れないわよ」 「ケースに入れても、無理よ」  言われてピンときたミコトは、トートバッグへ目を落とすと、いつの間にか一冊のスケッチブックが一匹の黒猫に変わっていて、頭を出して女性達の方を向いていた。 「ニャ(しち)!」 「ニャー」  これでは、ダムの見学コースに入れない。  だが、もしかして、ニャン七郎が機転を利かして、見学者の列にミコトを参加させないようにしたのか。  そこまで考えるニャン七郎とは思えないが、とにかく、ミコトは「すみません」と頭を下げてバス停へ引き返した。
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