2.湖底に沈んだ記憶

16/17
前へ
/28ページ
次へ
 それから少女は、なおも蘇る記憶に我を忘れていたが、しばらくした後「お礼の代わりに」と、思い出した記憶をかいつまんで語り始めた。  四百年以上前の戦国時代。裕福な農家の長男に生まれ、たくさんの幼い兄弟や妹がいて、喧嘩しながらも楽しい毎日を過ごしていた。  農家の末娘と結婚を約束していたが、領地は戦に巻き込まれ、家族も許嫁も、さらには村全体をも守ると意気込んで志願した。  だが、単なる雑兵でしかなく、敵を討つどころか、戦っては毎回潰走する始末。  ある時、敵に囲まれ、火傷で醜い顔になり、左足の膝から下と、左手首を失い、死線をさまよう。負傷者は捨て置かれるのが常で、死を覚悟していたら、近隣の村人に助けられた。  何とか死の淵から生還して、帰郷すると、村は荒らされていた。自分の家族全員と許嫁を含む村人達の放置された遺体を前に、この世の地獄を見る。  神仏を呪い、各地を彷徨ったが、虐待を受け、人をも呪った。  怨念を抱いているうちに、生きながらにして鬼――怪異となった。  そして、放浪の末、この地に辿り着いたが、醜い姿という理由だけで何もしていないのに迫害を受け、勾玉に封印された。 「長らく閉じ込められていたので、記憶が勾玉の中へ染み出てしまったのかも知れない。嫌な記憶しか無いので、それ以外の記憶が出て行ったのではないかと記憶が戻るのを期待していたが、忘れてしまいたい思い出ばかりで残念だ。だが――」  少女は、両手の甲で涙を拭う。 「優しい両親と、可愛い兄弟や妹の笑顔、そして許嫁のことを思い出せて、宝を取り戻した気分だ。それだけでも満足だ」  また涙を浮かべて「礼を言う」と付け加えた少女を、(たけ)()が見上げて言った。 「で、これから、どうするのじゃ?」
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加