1.いなくなったペット

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 墓地には防犯灯のような照明がなく、頼りになるのは降り注ぐ月明かりのみ。墓地周辺の家の窓から漏れる照明の光は、近くの墓石を照らすが、その明るさに慣れた目で墓地の中心を向くと闇が広がって見える。  雲が流れて月が見え隠れしているが、隠れている時間が長い。ボウッと闇に浮かぶ少女の姿が左方向へフッと消えたので、通路の角を曲がったのだろう。ここで見失ってはまずいので、消えた位置を覚えて、今いる場所から右折して墓地へ入ろうとした途端――、 「何をしておる?」  背後のやや下から声をかけられたミコトは両肩が跳ね、悲鳴を上げそうになったので口を両手で塞ぎ、恐る恐る振り返って地面の方を向いた。そこには、白猫が不思議そうに首を傾げていて、ちょうどその後ろから「どうした?」と言いながら何者かが近づいてきた。 「んもー! あんた達! 静かに!」  ミコトは囁き声の大きさで、白猫と、近づいてくる者――闇に溶け込む黒猫――を叱りつけ、立てた右手の人差し指を唇へ当てる。問いかけたのは、白猫に化けている白蛇の(たけ)()、闇に同化しているのはニャン七郎だ。 「こんな夜中に墓地を散歩とは酔狂よの」 「違うの。女の子の幽霊がいるの」 「幽霊なら、向こうに二人ほど年寄りが歩いておったの」「暇そうにしていたから、良ければ俺が紹介してやってもいいぞ」 「遠慮します」 「「なんで?」」  すでに二匹は墓地の中を探索して、幽霊に遭遇していたらしい。二匹とも幽霊が見える怪異で、会話も出来るので、何か言葉を交わしたのかも知れない。 「女の子に呼ばれているから。そっちを優先するわね」 「わらわも付いていって良いかの?」「俺も」 「好きにして」  驚かされて腹立たしいミコトは、冷たく言い残して、境界のブロックを跨いだ。白猫と黒猫は互いに顔を見合わせ、ミコトの後を付いていくことに同意する。  線香の臭いや献花の匂いがうっすらと漂う墓地は、蒸し暑い夏の夜でも体感温度が低い。理由は墓石があるからというよりも、恐怖心がそうさせている。ミコトは、ここで幽霊に遭遇するよりも、生身の人間と鉢合わせる方が恐ろしいのだ。  鉢合わせるだけでなく、遠くから目撃されるのも怖い。墓地の周りに塀がないので、こうして中を歩いていると、人に見られる可能性は十分ある。自分が幽霊扱いをされ、悲鳴を上げられたら、確実にこっちも悲鳴を上げるだろう。夜中に悲鳴のデュエットなんて御免である。  左右を墓石達に見られながら、乏しい月明かりを頼りに狭い道を急ぎ、女の子の姿が消えた辺りに辿り着く。だが、消えた方向を見ても、その反対側に目を向けても女の子は見当たらなかった。 「いたか?」  後ろからニャン七郎が声をかけるが、ミコトは無言で首を横に振る。 「狐じゃないのか?」 「違う。怪異でもない」  囁き声で応じるミコトは、首を伸ばして辺りを見渡すが、(たけ)()達が見た幽霊すらいなかった。  女の子だから警戒しなかったが、騙されたのか。でも、何のために? あんな悲しい顔をして人を騙す幽霊なのか?  短い溜め息を吐いたミコトが頭を掻いて俯いていると、(たけ)()が音もなく前にやって来て「あの子かの?」と言いながら上を向く。 「えっ?」 「ほれ、左の家。二階の窓付近に浮いておる」  (たけ)()の言う方角へ目を向けると、20メートルほど離れたところに灯りが消えた木造二階建ての家屋があり、確かに二階の窓付近に少女の浮いている姿が見えた。  やはり、消えた方角に歩いて行ったのは正しかったようだ。でも、どういう訳か、この位置に辿り着いたときは見えていなくて、今は宙に浮いているから見えている。  少女は、ミコトの姿を見つけて手招きをした。ここへ来いと言うのだろう。  ミコトは一歩踏み出したが、嫌な予感がして、すぐに立ち止まる。そして、下を向いて二匹に尋ねた。 「あんた達、あの家から何か感じる?」 「「さあ」」 「厄介な怪異がいたら、お願いね」  そう言って、ミコトは歩みを再開した。
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