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ミコト達が少女を見上げる位置まで移動するため、墓地の境界にあるブロックを跨いで、家の敷地に撒かれた砂利の上に足を踏み入れる。それから、ミコトと幽霊との間で身振り手振りによる会話が始まった。
少女は、二階のガラス窓を指差す。ミコトは、その中に何があるのかという意味で首を傾げると、泣きそうな顔をする少女は足をジタバタさせ、手招きする。
そんな高いところへ行けないと、両腕を交差させて×印を作ると、手招きの腕の振りが大きくなる。
会話が成り立っていないと判断したミコトは、少女を手招きして、地面を2回指差した。これは意味が通じたらしく、眉根を寄せる少女はフワリと降りてきた。
「私は、人の、お家の中へ、勝手に、入れないの」
囁き声でミコトがゆっくり話しながら、自分を指差し、家を指差し、窓から家の中へ足を入れるポーズをして両腕を交差させる。
これで、×印の意味が協力したくないという意味ではないと解釈したのか、少女の表情が少しは柔らかくなった。
「中に、何がいるの?」
ミコトがそう言って首を傾げると、少女は二階の窓を指差して、「あのね、あのね」と大きめの声で話し始める。近くに幽霊の声が聞こえるという人がいるかも知れないので、用心のため、ミコトは「もっと小さな声でね」と注意を促して、立てた人差し指を唇に当てた。
「こえがするけど、みえないの」
縋るような双眸で見上げる少女の声は、少しは小さくなったが、ミコトにはまだ気になるレベル。幽霊にしては大きめだ。興奮しているからだろう。眉を顰めるミコトだが、これ以上言うと癇癪を起こすかも知れないので、そのままにする。
「何が見えないの?」
「しろが」
「白って?」
「しろは、しろ」
この言い方は、白い色も分からないのかという嘆きから来ているのではなく、物の名前だと言いたいようだ。ミコトは、二文字から真綿のように白い毛並みの犬を真っ先に連想した。
「シロって、ワンちゃん?」
「うん」
当たりだった。ミコトの唇が小さくほころぶ。
「どの位の大きさ?」
「このくらい」
少女が両手で示す犬の大きさは、30センチほど。子犬のようだ。
「真っ白いワンちゃんね?」
「うん」
ようやく話が見えてきた。この幽霊は、家の中にいて声がするけれど見えない子犬を探して欲しいのだ。だとすると、明日、この家を訪問して犬がいるかを確認すればいい。少女が二階を指差していることから、室内犬と思って良さそうだ。
「あなたが飼っていたワンちゃんなの?」
「うん」
「もしかして、あなたのお家は、ここ?」
「うん」
ミコトの背筋に冷たい物が走った。
未練があって成仏できない幽霊が徘徊している場所は、大抵、その未練と関係する場所。それを分かっていて訊く質問の答えは、経験上、ほぼYESになる。
でも、実際に幽霊の口から答えを聞いてしまうと、「ここで亡くなった」という事実を平常心で受け止められない。まるで、訃報を聞かされたかのような気分になるのだ。
「今日はもう、夜が遅いから、あした、このお家の人にワンちゃんのこと、聞いてみるわね」
「だめ」
今すぐ探せとでも言うのだろうか。ミコトは眉を寄せて小首を傾げる。
「どうして?」
「だって、だれもいないんだもん」
空き家なのか。
「お父さん、お母さんは、このお家にいないの?」
「うん」
「引っ越したの?」
「ううん」
まさかと思うが、両親も少女と一緒に死んだのか。ミコトの四肢から血の気が引いていく。
「わからない」
単に、「ううん」と「わからない」の間が長すぎただけだったようで、安堵するミコトは血の気が戻る。
それにしても、空き家に侵入は、くノ一どころか泥棒だ。そこで、窓の外から覗いて犬がいるかどうかだけを確認する程度で収まって欲しいと期待を込めて訊いてみる。
「ワンちゃんがいることが分かればいい?」
「ううん。あいたいの」
そう来たか。
落胆するミコトは、妙案を求める色を瞳に宿して、白猫と黒猫を見下ろした。
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