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 工場へ向かう車内で資料を見返して打ち合わせを済ませ、出迎えてくれた現場責任者がお茶を勧めるのを丁重に断って早速視察に入る。  稼働は来月だが、すでに必要なものは大方揃っているようだった。 「最新型の繊維機械を有しています。三十パターンまで設定することができ、オペレーターはその日の指示書に応じてパターンを選び、三回から最高五回のボタン操作で完了します」  操作パネルを前に説明する責任者に頷いて、春海はオペレータールームからラインの様子を見下ろした。 「パターンそのものの設定は誰が行っていますか」 「各部署のリーダーが行います」 「あの一画には何か入る予定が?」  繊維機械の並ぶラインの向こう側に随分広々としたスペースがあるのを指し示して訊ねる春海に、責任者が「ああ」と頷いた。 「特殊刺繍を施す新型マシンが入ります。現在最後の微調整をしている、と昨日連絡がありました」 「動作確認は間に合うスケジュールなんですね?」 「はい。少し余裕を取ってありますから」  春海は頷くと、タブレットにメモを取っている芽衣を振り返った。 「動作確認の予定日はいつになってる」 「現在の工程表からですと、来月の十日です」  ファイルを確認して告げると、春海は責任者に目を戻す。 「変更はありませんか」 「はい。スケジュールどおりに行う予定です」  満面の笑みで請け負った責任者に頷いて、春海と芽衣は工場を後にした。  視察はスムーズで、一通り見て回ったが従業員用の休憩室や食堂も完備されており、工場であるがゆえに少々交通の便は悪いが、これは送迎バスなどで対応の予定だと聞いている。 「特に問題はなさそうだったな」 「そうですね。ほぼ予定どおりに進んでいます。動作確認まで問題なければ、来月稼働開始になりそうですね」 「無事稼働に漕ぎつけてくれればいいが」 「本当に」  帰社したのは予定より三十分ほど早い時間で、そこからはデスクワークに集中することとになり、この日は珍しく定時に帰れそうだ。  久しぶりに早く帰れる、とうきうきしていると、自然とキーボードを叩く指も軽やかになる。  あ、晩御飯どうしよう。  芽衣はあまり自炊はしない。  弁当は作るものの、それもほぼ冷食。  それでも買うよりは安い。  最近の冷凍食品は国産野菜にこだわっていたり、栄養も考えられていて侮れない。  そういえば、そろそろストックの冷食がなくなりそうだったことを思い出し、スーパーに寄ることを決める。  定時五分前に資料の打ち込みを終え、ファイル保存してパソコンをシャットダウンさせた。  くう、と声を漏らして伸びをすると、芽衣は帰り支度を始める。  そこへ、隣の社長室から春海が顔を覗かせた。 「俺はもう帰るけど、君はどうする」 「私も帰ります」 「すぐに出られるなら、送っていくが」  春海は夜に会食が入っている日以外は自分の車で通勤していて、お互いにほぼ同じ時間に上がれるような日は大抵一声かけて送ってくれた。 「あ……今日はちょっとスーパーに寄ろうと思っていて……」 「スーパー?」 「はい。冷蔵庫の中が心もとないので」  春海は少し考えてから頷いた。 「少し逸れるけど、業務スーパーに寄るか」 「業務スーパー」  意外な単語につい繰り返すと、春海は目を瞬かせて見返した。 「行きつけのスーパーがいいなら、そっちでも」 「いえ、業務スーパー大好きです。ただちょっと社長の口から出てくるにはあまりにも意外で」  素直に答えると、春海は不思議そうに首を傾げる。 「そうか?炭酸水とか箱買いするぞ」  わお。 「晩酌用ですか」 「バレたか」  春海が口の端を片方だけ引き上げて言う。  珍しいその表情に、今日一日で急に距離が縮まった気がした。
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