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 バトルに突入してしまうと中断するのが難しい。  集中したいし、画面から目を離さずに食べられるようなものがいい。  開いたデリバリーアプリに表示されるメニューを睨んで、唇を引き結ぶ。 「器を持たなくても良くて、フォークやスプーンやお箸を使わなくていいもの……サンドイッチかな」  そもそもサンドイッチは、カードゲームをしながら食べられるものを、とどこかの貴族が発明したとか何とか……そんな話を聞いたことがある。  ゲームをしながら食べるのに最適じゃないか。 「フルーツサンド食べたいな……おっ、全粒粉パンのクラブハウスサンドとフルーツサンドのセット。これいい。これにしよ。飲み物も欲しいな……うーん、あ、サイドメニューにスープがある。ミネストローネかクラムチャウダーか……」  ぶつぶつ独り言を呟きながら悩み抜き、オーダーを済ませる。 「三十分以内に来るってすごいよね。配達員さんお疲れ様です」  アプリを閉じて、スマートフォンに向かって拝んだ。  届くまでの間に飲み物の用意をするか、と部屋を出てキッチンに向かう。  食器棚の一画が芽衣専用になっていて、いくつか持ち込んだものの中に、以前義妹がプレゼントしてくれたティーセットがあった。  ころんと大ぶりのティーポットに、てっぺんにぼんぼりのついたニット帽みたいなティーコージーを取り出す。カップは大きめのマグカップ。  義妹チョイスのオリジナルブレンドの茶葉を、惜しみなくたっぷり使って、これまた義妹直伝の濃厚ミルクティーを入れる。  ふんわりと漂うミルクでまろやかになった香りを吸い込んで、肺に取り込んだそれを思い切り吐き出した。  豊かな芳香が体を満たして、さらに気持ちが緩む。  ポットにティーコージーを被せて、満足感と共に頷いた。 「ん、よし」  そこへ見計らったようにインターホンが鳴る。  デリバリーを受け取って支払いを済ませると、ティーポットと一緒にトレイに載せて、いそいそと自室に戻った。  ローテーブルにトレイを置いて、すでにスタンバイ状態の画面の正面に腰を据える。  ヘッドセットマイクを装着して、画面の中、ベッドに潜り込んでいるプレイヤーキャラに声をかけた。 「おはよ、サツキ」  呼びかけに目を覚ましたサツキが、大きく伸びをしてからこちらを見る。  メッセージウィンドウに「おはよう」と文字が表示され、サツキの口が動いた。 「取り敢えず、ギルドに行ってみるか」  呟きながらクラブハウスサンドに大きくかぶりついて、咀嚼しながらキーボードを操作してギルドへ移動する。  情報を確認して、特にめぼしい依頼はなさそうで、むむ、と唇を尖らせた。 「今ちょうどイベントが終わったところか……酒場で情報でも集めてみようかな」  クラブハウスサンドの残りを頬張って、装備を見直しながら飲み込んだ。  ティーコージーを取ってポットを持ち上げ、カップにミルクティーを注ぐ。  まだ熱いそれに息を吹きかけて、慎重に一口啜った。  酒場に辿り着くと、いつになく賑わっている。 「満員御礼じゃない。珍しい。交流したい人が多いのかな……」  芽衣はどちらかというと、人とつるむより一人でコツコツ好きなように進める方が好きだ。  どうしてもイベントクリアに必要な時だけ、知り合いに声をかけてパーティを組んでもらう程度。  だから、同じように一人で行動することが多いらしいイオと波長が合った。
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