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ぐるりと店内を見回して、見知った白い狼の頭を見つけた。  マウスを操作してターゲットポインタを合わせ、話しかける。 「イオ、久しぶり」 『あれ、サツキ。何、随分重装備だね』 「ログイン自体があれ以来で、イベントが終わったばっかりだって、今知った」 『そうなんだ。まあ、イベントって言ってもトーナメントだったから、どっちにしろサツキは不参加だろ』 「なんだ、そうだったんだ」 『ここに来たってことは、話す時間がある?』 「うん、そのつもりで来た」  了承すると、すぐにプライベートモードに切り替わる。 『社長とはどう?そういえば、オフ会やろうって言った時、二週間は忙しいって言ってたけど、何かあった』 「お互いの両親を交えての食事会をやってました」  なぜか居住まいを正して、そのうえ敬語で報告してしまう自分に気付いて、芽衣は誤魔化すようにミルクティーを啜った。まだ温かい。 『へえ、そんなのやるんだ』 「そう、両家の顔合わせ。それを、今日やってきたの。もう、すっっっごく疲れた……」  深々と息を吐き出しながら零したその一言に、イオが鼻で笑ったような気がした。 「今、笑ったでしょ」 『あれ、おかしいな。草も笑も表示してないのに』  しれっと言いながらも、否定していない。 「何となくの雰囲気で分かります」  音声変換で表示された文章の最後に、怒っている顔文字を追加した。  返事は大量の草だった。大草原。 『その顔合わせの食事会って、お互いの親と一緒にご飯するだけなの』 「まあ、そうね。普通は」 『普通じゃなかったんだ』  光の速さの返しに、チベットスナギツネ顔で文字の羅列を眺める。  返事をしないままフルーツサンドを取り上げて、噛り付いた。  大きくカットされたキウイとマスカルポーネを混ぜ込んだらしいクリームが絶妙。  咀嚼しながら脳内食レポをしていると、目の先のメッセージフレームに文字が走る。 『あれ?おーい、寝てんの?』 「寝てないよ」  ミルクティーで口の中の物を流し込んでから答える。 『反応がないからだろ。それで、普通じゃなかった食事会ってどんなだったの』  明らかに面白がっているな、こいつは。  再びのチベットスナギツネ発動。  少し考えて、当たり障りのない部分をピックアップする。 「嫁姑問題にありがちな同居問題で、向こうのお母様とうちのお母さんでバトル勃発」 『嫁姑……同居……何それ』  うん。男子大学生にはまだまだ現実感のない話だったね。  というか、大学生じゃなくても、男には分かりづらいかもしれない。 「結婚したら相手の家に入るのが当たり前、VS、今時同居する方が珍しい、距離感大事、でファイッ」 『同居って、サツキが社長の両親と住むってこと?』 「そう」 『なんで?』 「昔はそれが普通だったからね。結婚イコール相手の家に入る」 『結婚って、当事者の二人だけの問題じゃないの』 「若いねえ。まだまだだねえ。イオの世代だと親御さんもまだ若いから、そういう考えの人は少ないかもしれないけど、皆無じゃないだろうから、もう少し世間ってものを知っておいた方がいいよ」 『出た、世間。大人ぶるんだから』 「大人なんです。いつか、イオが結婚するってなった時に、彼女の家族がそういう考えの人だって可能性はゼロじゃない」  食べかけのフルーツサンドを一旦置いて続けた。 「イオは、ご両親と結婚の話とかしたことある?」 『……ないよ。まだそんな歳でもないし』 「だったら、イオのご両親がどういう考えの人か、知らないってことだよね」 『どういう考えって、結婚に対して?』 「そう。ねえ、イオ。今は実家?それとも一人暮らし?」 『一人暮らしだけど』 「夏休みや冬休みはどうしてる?」 『バイトのシフトによるけど、大体は帰省してる。その方が金がかかんない』 「大学の休みは長いもんね。エアコンの電気代もバカになんないし」 『うん、それが何』  短い問いからイオが少しだけ苛立っている様子が窺えて、思わず苦笑が漏れる。 「大人になっても、お盆とか年末年始は帰省するじゃない?結婚しても」 『うん?』  いまいちピンと来てない返事。クエスチョンマークがそれを表している。 「少なくとも、ご両親は帰ってくるって思ってるでしょ、当然のように」 『まあ、そうだろうね』 「さて問題です。結婚したら、自分と奥さんの実家、どっちに帰省する?」  メッセージフレームにはしばらく何も表示されなかった。  芽衣はフルーツサンドの残りを平らげ、ゆったりと紅茶の入ったマグカップを傾ける。  ティーコージーがしっかりと仕事をしてくれているおかげで、まだ十分に温かい。
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