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 カーソルが迷うように動き出したのを、目の端で認めて、視線を上げる。 『どっちも?』  なんで疑問形。 「どっちも、ね。まあ、お盆はどっちが前後してもいいかもしれないけど、大晦日と元旦はどっちに帰る?」 『どっちでもよくない?』  面倒になってきたな、こいつめ。 「もしイオの両親が古い考えを持っていたら、大晦日と元旦は夫の実家を優先するもの、って思うでしょうね」 『なにそれ』 「未だに根強い家長優先制度」 『……なにそれ』 「家の中で一番偉いのは家長で、その家長っていうのは父親の事。その場合次に偉いのは誰でしょう」 『母親じゃないの』 「ぶぶー、ハズレ。長男です」 『……長男……』 「イオはご兄弟は?」 『いるよ。姉さんと兄貴』  へえ……と思わず声が漏れる。幸いマイクに拾われなかったようで、フレームには何も表示されない。 「姉弟みんな平等?」  数秒の沈黙。少し、考えるような間だと思った。 『母さんの中での順位は兄貴が1番、次が俺で、姉さんが最後』  うん。  生ぬるい笑みが浮かんでいるのを自覚しながら、視線を斜め上に放り投げた。 「お父さんは?」 『昔から残業が多いし、休日出勤だのゴルフだのであんまり家にないから、どうだか分かんない』  割と、古いタイプのテンプレート家族なのね。  心の中でだけ呟いて、 「お母さんは専業主婦?」 『いや、俺が中学に上がった頃から仕事に復帰して、今は課長になったとか言ってた』 「すごいね、お母さん。お姉さんは?」 『母さんが仕事に復帰してから、家のこと全部やってくれてた』 「へえ……それは、自主的に?それとも……お母さんに言われて?」  多分。  考えたこともなかったんだろう、というくらいの間があった。 『知らない』  随分時間がかかった割に、返ってきたのは短い一言だった。 「お姉さんがやってくれるってことが、当たり前だったから?」  言い方がキツかっただろうか。  そう思ったけれど、もうその言葉はメッセージフレームに表示されてしまった。  やや黙り込むような間があって、『そうかもね』と投げやりな一言が返ってきた。  大人げなかった、と深呼吸をしてから、芽衣は口を開く。 「イオな何か部活はやってたの?」 『バスケ』  先日会った青年の姿を思い浮かべる。  身長は春海とそう変わらなかったように思う。  バスケの選手としては少し小さいのではないかと感じられた。 「今は?」 『高校で辞めた。今は、映画同好会ってサークルに入ってる。大して活動してないけど』 「映画を作るの?」 『見る専門』  なるほど。  軽く頷いた芽衣は、できるだけ柔らかい口調を意識しながら口を開いた。 「部活があった頃は、お弁当とかもお姉さんが作ってくれてたの?」 『……うん、まあ』 「お姉さん、今はどうしてるの」 『俺が大学受かって家を出た三か月後に、やっぱり一人暮らしするって言って職場の近くのマンションに住んでる』 「お兄さんは?」 『実家。一人暮らしは母さんが許さなくて』  おや、と芽衣は小さく眉を上げた。  お母さんは、なかなか筋金入りの長男至上主義かもしれない。 「へえ……お兄さんも大学生?」 『この春から就職してる。大手の証券会社』 「優秀なんだ」 『さあ、どうだか』 「お兄さんとは仲が良くないの?」 『あんまり話したりしないから。良くも悪くもないと思う』  仲が良い悪い以前に、イオは兄に対して無関心なように思えた。 「小さい頃は?」 『どうだったかな……これといって思い出もないけど。……いつも、母さんに世話を焼かれてるって感じ』 「お姉さんとは?」 『兄貴よりは話すよ。なんか、当たり障りのない世間話とか、音楽の話とか』 「へえ。音楽の話は合うんだ」 『うん、まあ』  お姉さんとは比較的良好な関係を築いているけど、お兄さんとは距離が遠い。  常に長男の世話を焼く母親。  残業や接待でほとんど家にいない父親。  一昔前のテンプレートの家族みたい。  時代と共に家族の形も変化してきているといっても、それはすべての家族に当てはまるわけじゃない。  誰だって親を見て育つ。  育った環境が「お手本」になる。  よほどのことがない限り、その「お手本」に沿った家族をなぞっていく。  それが「常識」だと無意識に信じている。 「ねえ、イオ。もしこの先誰かとお付き合いをして、結婚したいとお互いが思った時、まず何を話し合う?」 『話し合う?プロポーズじゃなくて?』 「プロポーズの前に一緒に生活していけるかどうかの見極めは必要でしょ」 『……なるほど』  数秒待ってみるが、すぐには返事がなさそうなので、ゆっくりとミルクティーを楽しむことにする。
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