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 最初に乗せてもらった時、芽衣が後部座席のドアに手をかけると、「隣へ」と手振りと共に言われて以来、毎回恐縮しながら助手席に滑り込む。 「お邪魔します」  いつもどおりに会釈と共に告げると、春海は横顔で笑った。 「君はいつもそう言うな。別に他に乗せる女性もいないから、気にすることはない」 「そうなんですか。いやでも、これから先もそうだとは限らないじゃないですか」  すると、春海は微かに鼻で笑って言った。 「これからもそうだよ。ーーーーー 誰とも付き合う気はないから」  思わず、春海を見てしまった。  笑みの消えた、冷ややかな横顔。  ここからは踏み込んではいけないラインだ。  だから、芽衣はわざと笑って言った。 「奇遇ですね。私も誰ともお付き合いする気はありません。一人が気楽です。部屋でどんな格好してても咎められないし、好きなお酒を飲みながらゲームに集中できます」  ついうっかり口を滑らせて、はたと口を噤む。 「ゲーム?」  問い返されて、内心で天を仰ぐ。  もうこれは白状してしまおう。 「あー、の……実は、私の唯一といえる趣味がゲームでして」  膝の上でもじもじと指を弄りながら言葉を探すものの、美味くオブラートに包める自信もなく、ええいままよ、と正直に話すことにする。 「えー、『白い残響』という生き残ることが主目的のあらゆる武器を駆使して戦う、キャッチコピーが『生き抜くための捕食者たれ』の殺伐としたオンラインサバイバルゲームです」 「いや、情報量が多い」  つい一息に言ってしまって、冷静な社長の一言に「ですよね」と頷いた。  春海は少し考えて、「殺伐?」と首を傾げる。 「殺伐としてますね。生き残りゲームなので、周りはほぼ敵というか。たまにイベントで協力することはありますが」 「へえ……意外」  ぽつ、と低く吐き出した。 「意外ですか」 「うん。なんていうか……ゲームをやる印象もなかったけど、やるにしてももっと……育成シミュレーションとかそういう系のイメージ」 「……そこ、乙女ゲーではないんですね」 「乙女ゲー?」 「女性向けの恋愛シミュレーションゲームのことです」 「ああ……」  え、何その微妙な返事。  数秒ほどの沈黙の後、春海は申し訳なさそうに言った。 「そのイメージはあまりなかったな」 「……そうですか」  ちら、と目だけで芽衣を窺い、「申し訳ない」と呟く。 「いえ、まあ、確かにいくつか手を出したものの、誰も攻略しないまま途中放置でフェードアウトしてばかりですから。向いてないとは思います」 「自分では何が合わないと思う?」  純粋な興味の滲む声音で問われて、少し考える。 「セリフに鳥肌が立っちゃうというか」 「鳥肌が」 「はい。総じて狙ったセリフが多いんです。あの手のゲームは」 「なるほど。つまり『世間一般で考えられている女性』が言われて嬉しいセリフ、ということか」  軽く相槌を打ちながら言う春海に大きく頷いた。 「そうです。少女漫画的といえばいいでしょうか。二次元のキャラが言うからハマるのであって、いざリアルで言われて嬉しいかと言われると……」  眉を寄せて首を傾げる芽衣に、春海が小さく笑う。 「ゲームなんだから、二次元だろうに」 「そうなんですけど……第三者の目線で読むのと、ゲームで当事者の目線になる違いというか……」 「ああ、疑似体験をしている感覚になるのか」 「はい。私には二次元の恋愛妄想より、殺し合いのサバイバルの方が性に合ってるみたいです」  ハハ、と春海が声を立てて笑った。  思わずその横顔を見る。  楽しそうなその表情に、目を見開く。  初めて見た。こんな笑顔。  こうやって送ってもらうのは初めてじゃないが、こんな和やかな空気になったのは初めてだ。
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