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いつも当たり障りのない世間話か、仕事の延長の話題で終始していた。
今日の昼辺りからイレギュラーなことばかりで調子が狂う。
いや、正確には昨日のサンドイッチ。あれからだ。
「――――― あの、社長。何か、いいことでもあったんですか」
春海は前を見たまま、その大きな目を瞬かせた。
「どうして」
「いえ、なんていうか……いつにもまして雰囲気が柔らかいというか……」
言葉を選びながら訊ねているうちに、車は業務スーパーの駐車場に滑り込む。
入口にほど近い位置に停車して、サイドを引いてから春海が口を開いた。
「君が秘書になってから一年が経つ」
「はい」
「コーヒーを淹れる以外の仕事は申し分ない」
「……はい」
「昨日の川原氏の誕生日パーティで、挨拶をしたDUOクリエイトの宗谷桐吾氏に『秘書と仲が悪いのか』と訊かれて」
「えっ」
淡々とした口調で放り込まれた内容に思わず声が漏れる。
「特に仲が悪いわけではない、と伝えたが、あまりによそよそしいのではないかと指摘されて……今でも十分円滑に仕事は回っているが、それならもう少しコミュニケーションを取って周囲に与える印象を変えた方がいいのかも、と考えた結果が、今日だ」
後半はまるで言い訳をする子供のような口調になり、窺うように目を向けた春海は「不自然だったかな」と問う。
「不自然ではありましたね。いつもはもっと……言葉を選ばずに言うなら、ビジネスライクというか」
「ああ、うん」
「淡々としてますよね。私は、仕事上ではそれがやりやすくもありますけど」
目を瞬かせる春海を視界の端に捉えながら続ける。
「今日の社長は、今までと違いすぎて、戸惑いの連続でした。思えば、昨日のサンドイッチもそれが原因でしたか」
「ああ、そう……そうだ。……混乱させてすまなかった」
本気で申し訳なさそうな声に、芽衣は驚いて顔を向けた。
「悪いとは言ってません。円滑なコミュニケーションは、仕事の効率を上げる場合もあります。私と社長も、もっと阿吽の呼吸で動けるようになれば、無敵になれると思います」
「無敵……」
「はい」
真顔で頷くと、ぱちぱちと目を瞬かせた春海は、ふ、と小さく噴き出すように笑った。
「じゃあ、その無敵になる一歩として、一緒に買い物でも」
「ええ、喜んで」
今まで交わしたことのない軽口に、芽衣はおかしくなって吹き出してしまう。
つられるように春海も笑い、くすくすと笑いながら車を降りてスーパーに入った。
自宅マンションの前まで送ってもらって車を見送ろうと思ったら、難しい顔で「早く入りなさい」と手でしっしっ、とされた。
エントランスに入ってエレベーターに乗り込み、閉まる扉の隙間から見ていると、まだそこに春海はいて、閉まりきる瞬間に目が前へと向けられるのが見えた。
部屋に辿り着いて買い込んだ冷凍食品を空っぽの冷蔵庫に詰めながら、今日のことを思い返す。
イレギュラーなことばかりだった。
元々が整った顔立ちなので、雰囲気が柔らかくなると恋愛に興味を持てない芽衣でもときめいた。
今までは「鉄面皮が二人」と陰で囁かれるほど、お互いに笑顔で接することは少なかった。
仕事だから。
どちらかというと、芽衣は春海のスタンスに合わせて鉄面皮を保っていた。
無駄に愛想を振りまかない。
傍から見れば淡々として、近寄りがたい雰囲気ではあっただろう。
それが。
人当たりの良さまで身につけたら、あの人は一体どれほどの人たらしになるだろうか。
そこまで考えて、しばし手を止める。
「――――― ないな。社長が急に人当たり良くなるなんて。そこは変わらないだろうし、むしろ急に変わったら取引先の皆さんが凍り付くわ」
低く呟いて、冷凍庫の扉を閉めた。
お風呂にゆったりと体を沈めて、思わず長いため息が漏れる。
気持ちも体も緩むと、不意に浮かぶ春海の柔らかい笑み。
「……やっぱり、綺麗な顔してるよね、社長って」
そろそろ四十歳になろうという年齢だが、若く見える。
若く見えると舐められることも多いが、春海の場合は冷ややかなほどの愛想のなさと、デキる男のオーラが相手にも感じ取れるらしく、芽衣が秘書になってからでも、知る限り対等な態度で接する相手ばかりだった。
そして今日、改めて知ったそのスマートさ。
秘書という立場上、普段はほぼないと言っていい、いわゆるエスコートを今日初めて春海からされた。
昼食時とついさっきの買い物の時と。
「……うっかりときめいちゃったよね……」
天井を眺めてぽつ、と呟いてから、はっ、と首を振る。
「いやいや、ときめく?そんなバカな。相手は社長。私は秘書。それ以上でも以下でもない!」
それもこれも社長が急に女性扱いをするからだ。
さっさと上がって、ゲームの世界に入り込もう。
そうだ。
今日から新しいイベントが始まるのではなかっただろうか。
芽衣は頭から春海のことを追いやって、勢いよく湯船から出た。
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