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それで、と目で促すと、彼は小さく喉を鳴らして目だけで春海と桐吾を見やり、そろりと口を開いた。
「――――― 久世社長は、どんな方ですか」
「どんな、とは」
「なんていうか……ご挨拶に来てくださった割には素っ気ないというか、まったく僕に興味ないですよね」
芽衣は京吾を見返して少し考え、それから春海を見やった。
「私は秘書になって一年経ちますが、未だに社長が何に興味をお持ちなのか分かりません。目に見える変化がない方なんです」
京吾は目を瞬かせて、困ったように眉尻を下げる。
「じゃあ、いつもあんな感じということですか」
「通常運転です」
「はあ……」
「でも、リップサービスもしない方なので、先程のガウディの話と建築を見るのが好きだと言うのは、本当だと思います」
春海に目を向けたまま続けた芽衣を驚いたように見た京吾は、ああ、と声を漏らした。
「そうですか……非常に、なんていうか……分かりづらいですね……」
「申し訳ありません……」
「いえ……」
流れる微妙な空気。
そこへ、挨拶を追えたらしい春海が戻って来て、芽衣と京吾を交互に見た。
「……お邪魔したかな」
「いえ、そんなことは」
京吾は窺うように春海を見て口を開いた。
「今度、うちのショールームに来てください。建築を見るのがお好きなら、きっと興味深いと思います」
春海は口の端だけに笑みを乗せ、「はい」と頷いた。
それから一通り挨拶を済ませて、大して料理に手を付けることもなく会場を後にした。
車に乗り込んだところで、春海が紙袋を寄越す。
「何ですか?」
「結局ほとんど食べられてないだろう」
開いて中を見てみると、たっぷりと具材を挟んだサンドイッチが詰め込まれている。
改めて紙袋を見てみると、ホテルに入っているベーカリーのロゴが印刷されていた。
「これ、いつ買いに行かれたんですか」
「ホールにいたスタッフに頼んだ」
なるほど、と頷いて、芽衣は「ありがとうございます」と頭を下げてから、ふと気付いて訊ねる。
「社長もお食事なさってませんよね」
「ああ。君が食べられる分だけ食べればいい。残ったら貰う」
秘書が社長よりも先に食べる?
しかもその食べ残しを社長が食べる?
芽衣は驚いて首を振った。
「二つ入ってますから、一つずつ食べましょう。かなりのボリュームですから、一つで十分です」
言いながら袋から取り出した二つを差し出す。
「チキンとスモークサーモンですね。どちらにしますか」
「君が好きな方をどうぞ」
「じゃあ、スモークサーモンをいただきます」
言いながらチキンを差し出すと、春海は頷いて受け取った。
「次は合金研究チームの視察だったか」
「はい。施設が少し遠いので、移動で一時間ほどかかります」
春海はちら、と自分の服装を見下ろして眉を寄せた。
「着替えた方がいいかな」
芽衣もざっと服装を見て、首を傾げる。
「スーツの色目は抑えてありますし、ポケットチーフとネクタイだけ変えればよろしいかと」
「じゃあ、そうしよう」
「一旦、社に戻りますか」
「予定は十四時半だったな。戻ったら間に合わないから、適当な店で見繕う」
「かしこまりました」
タブレットで検索して研究施設へ向かう途中に一軒、誰でも知っているブランドの支店があるのを見つけて、運転手の秋山に告げた。
それから二人してサンドイッチの包みを開く。
移動の車内で軽食を摂るのは珍しいことではなかったが、いつもは芽衣が用意していた。 どちらかというと食事に無頓着な春海が人に買いに行かせるとは。
しかも秘書が空腹だろう事を慮って?
ちら、と目だけで春海を窺った芽衣は、そのいつもと変わらない無表情な横顔に、内心でそっと首を振った。
ほんの気紛れ?
そう思うことにしよう。
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