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翌朝。
口の細い専用ケトルでお湯を沸かし、沸騰したら一呼吸置く。
お湯の温度は九十二度。
その間に豆を挽く。
今日はキリマンジャロ。
春海の好みは少し粗め。
ペーパーを敷いたドリッパーに挽いた豆を入れ、平らにならす。
そこへ、ゆっくりと内側から外側へ向かって円を描くようにお湯を注ぐ。
ふんわりと立ち上る香りを吸い込みながら手を止めて泡が落ち着くのを待つ。
平らになってきたら再び円を描くように注いで……
注いだお湯が全て落ち切ってしまう前にドリッパーを外す。
ほう、と息を吐いた。
「――――― よし。今日こそ」
力強く頷いて、芽衣はポットとカップを載せたトレイを持ち上げた。
秘書室を抜けて、その奥の社長室のドアに向かって立つ。
手にしたトレイを片手に持ち直し、軽くノック。
「社長、蘭です」
「どうぞ」
その声を待ってからドアノブに手をかけ、押し開きながら「失礼します」と一歩足を踏み入れた。
片手に持ったトレイにもう一方の手を添えて支え、軽く一礼する。
「おはようございます。朝のコーヒーをお持ちしました」
「ああ、ありがとう」
デスクから立ち上がり、部屋の中央に据えられた応接セットへと移動しながら春海が問うのに、芽衣は曖昧に微笑んだ。
カーペット敷きの床に膝をつき、手にしたトレイをそっとテーブルに置く。
温めておいたカップにコーヒーを注いで、ソファに腰を落ち着けた彼の前に差し出した。
カップを持ち上げ、まずは香りを吸い込む。
小さく片眉を上げてから口をつけた。
しばしの沈黙。
「……今日の豆は」
「キリマンジャロです」
「……三十点」
低く告げられたそれに、思わずがくりと項垂れた。
「どうして……手順は間違ってないはずなのに……」
一口飲んだだけでカップを置いた春海が、ゆったりと脚を組む。
「もういい。お茶をもらおうか」
「かしこまりました」
カップをトレイに載せて立ち上がり、退室する前に今日の予定を告げる。
「本日は九時から部門長の会議、十四時から来月稼働予定の工場の視察が入っております」
香りは好きだと思う。
コーヒー味のスイーツは割と好きだ。
でもいざ飲むとなるとてんでその美味しさが分からない。
だからだろうか。
美味しく淹れられた試しがなかった。
「分かった。部門長の会議の資料に直しを入れておいたから、目を通しておいてくれ」
「かしこまりました」
一礼の後に社長室を出て、ドアを閉めてから盛大に息を吐き出す。
給湯室に向かいながら「なんで美味しくならないんだろ」としょげた様子で呟き、芽衣自身はコーヒーを飲まないから、もったいないと思いつつも流しにポットとカップを置いた。
お湯を湯冷ましに移し替え、急須を取り出す。茶葉は八女玉露。
芽衣の実家は福岡の八女で茶葉の専門店を営んでいる。
弟の嫁が紅茶好きで、半年ほど前からは紅茶も仕入れるようになり、客足も増えたと両親が喜んでいた。
毎年、時期になると必ず実家から新茶が送られてくる。家に置いていても一人でそんなにお茶を飲むわけでもないから来客用にちょうどいい、と会社に置いていた。
以前勤務していた会社の経営者がこの玉露が好きだったが、今の社長はコーヒー党。
けれども、芽衣があまりにもコーヒーを淹れるのが下手で、最近はコーヒーよりこの玉露の減り具合の方が早い。
コーヒーは下手だが、お茶を淹れるのは得意。
実家でもよく褒められたものだ。
湯冷ましから急須へお湯を注ぎ、じっくり2分ほど待つ。
温めておいた湯呑に、最後の一滴まで注ぐ。
ふんわりと立ち上る茶葉のまろやかな香り。
「落ち着く……」
お茶屋で育ったからか、緑茶の香りは気分が安らぐ気がする。
トレイにセットしておいた茶托に湯呑を置き、再び社長室へ。
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