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なんだかいたたまれなくて、そわそわとグラスに口をつけてみたり、店内の装飾を見る振りをして見回してみたり。傍から見たら多分「落ち着きのない客」に見えただろうが、春海も口を閉じたままで何となく気まずい。
「お待たせしました」
(待ち焦がれてました……!)
にこやかに二つのプレートを持ってやったきた店員が、救世主に見えて思わずお祈りのポーズを取ってしまいそうになるのを堪えた。
湯気を上げるナポリタンは少し太めの麺にたっぷりの野菜がオレンジ色に染まり、ツヤツヤしている。コンソメスープは透き通っていて、ベビーリーフとプチトマトのサラダは目にも鮮やか。
「美味しそう……!」
「カニクリームはもう少しお待ちくださいね」
やはりにこやかに告げた店員に笑顔で頷いて、芽衣は改めてナポリタンに目を落とし、緩む頬を押さえきれずに手を合わせた。
「いただきます」
声が重なって、少なからず心臓が跳ねる。
目だけで向かいを窺うと、同じく手を合わせていたらしい春海がフォークを取り上げるところだった。
芽衣もフォークを取り上げると、いざ、と口の中で呟いて一口分をくるりと巻き取る。
口に入れるとケチャップの酸味に甘味も感じてそこに野菜の旨味も含まれ、顔がにやけてしまうのを止められない。
ゆっくり咀嚼して飲み込んでから、「美味しい」と声を漏らすと、向かいの春海が目を上げて口の端で微笑んだ。
口に出さずとも、その表情が「だろ?」と言っているようで、つい芽衣は口元を覆う。
仕事中は冷ややかな印象だった春海の、初めて見るそんな表情に、顔が熱くなる気がして、つい目を逸らしてしまった。
麺を巻き取りながらちらりと春海を窺うと、彼は気にした様子もなく慣れた手つきでフォークに巻き取った麺を口に入れるところだった。
その一口が思ったよりも大きくて、うっかり見つめてしまう。
思いのほか大きな一巻きを綺麗に口の中に収めてもぐもぐと咀嚼するその丸く膨らんだ頬が、なんだかリスみたい、などと考えていると、視線に気づいた春海と目が合った。
「思ったより大きな一口で」
ふふ、と笑うと、春海はもぐもぐしながらきょとん、と目を丸くした。
普段の冷ややかさが鳴りを潜めたその表情が、芽衣の心臓を高鳴らせる。
口の中のものを飲み込んでから、春海は口を開いた。
「食べるのが好きで、つい」
ほんの少し、照れくさそうに言うのがまた意外で、今日はなんだかおかしな日だ。
「いえ、ちょっと意外でしたけど、美味しそうでいいと思います」
「美味しそう……」
怪訝そうに呟く春海に頷く。
「はい、とても美味しそうに見えます」
満面の笑みで答えた芽衣に、春海は目を伏せてフォークを置き、口の端に自嘲の笑みを浮かべた。
「――――― 昔、母に言われたことがあるんだ。お前の食べ方は卑しいって」
「え?」
「口に詰め込んで、飢えているみたいだって。久世の人間として恥ずかしくない食べ方をしろ、と食事の最中に何度も手を叩かれた」
絶句する。
一口が大きいけれど、決して食べ方が汚いというわけではない。
会食では和食でも洋食でも所作が綺麗だった。
それがそんな厳しい教育の賜物だったとは。
「……やっぱり、行儀作法とか厳しいんですね。小さい頃からそんな躾をするなんて」
小さいうちくらい好きなように食べさせてあげればいいのに。
そうは思ったものの、他所の家の方針に口を出すのもどうかと呑み込む。
春海は何か言いたげに薄く口を開いたが、視線を逸らしてそっと息を吐いた。
「マナーには厳しかったな。特に母が。父は、そういうことには一切口を出さなかった。ただ、まあ……久世に相応しい振る舞いを、というのは共通認識のようだったけど」
「久世に相応しい……」
正直、「なんて古臭い」と思わずにいられない。
今時、家に相応しいなんて。
確かに行儀作法は大切だ。躾も必要だけれど、それは時と場合によるのではないのか。
幼い春海が強かに手を打たれて涙を堪えている様子を想像してしまい、芽衣は心の中で憤慨する。
「初めて叩かれたときは驚いたけど、あの家ではどちらかというと美味しいから詰め込んでいたというより、早く食べ終わってその場から解放されたいから、という方が大きかったから。見抜かれていたのかもしれないな」
その言葉に驚いて、芽衣は目を大きくする。
「食事が苦痛だったんですか?」
「食事が、というか……両親が。本当なら同じテーブルで食べたくなかったんだけど、いらないと言うと『せっかく用意したものを無駄にするな』と言われたし、残しても同様。それならさっさと食べてしまおうという浅はかな考えだよ」
皮肉げに口の端で笑った春海は、これでおしまい、とでも言うように置いたフォークを取り上げて食事を再開した。
今度は、意識的になのか一巻きが小さくなっていた。
一方で芽衣はよくわからなくなっていた。
両親と同じテーブルで食事をしたくない?
どういうこと?
小さいうちから両親のことが嫌いだったの?
気になるけれど、これ以上踏み込んで訊く勇気はなく、コンソメスープと一緒に飲み込んだ。
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