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「何にする?」
「俺、オムライス」
「オムライス……ここの美味しいの?」
「割と人気だよ。俺はここで飯食う時はいつもオムライス」
「へえ。オムライスいいよねえ。うーん。でもここ、パスタメニューが多いね」
「メインはパスタだからな」
メニューを凝視しながら悩むこと三分。
「ナスとトマトのボロネーゼにしよ」
イオが席を立ってオーダーに行ってくれる。
戻ってきたイオがシフォンを食べてしまうのを待って、水を向けた。
「何で急に会おうなんて思ったの?」
春海に問われてから考えたものの、まったく思い浮かばず、結局本人に聞くのが一番手っ取り早いと単刀直入に訊ねる。
「何でって……契約結婚だとかいうから」
ボソボソと声を低くして言うのに、首を傾げた。
「それだけ?」
「それだけって。長年の友達がそんな訳わかんねえこと言い出したら、そりゃ焦るだろ」
目を険しくして言われ、「すみません」としか言い様がない。
「でも、本当にそんな変な契約じゃないから。お互いに抱えてた問題を解決するのにちょうど良かったってこと」
「結婚しろって言われること?」
「そう」
「それって、そんなに大変なこと?」
怪訝そうな顔で言われて、言葉に詰まる。
まだ若いイオには想像できないだろう。
何より、彼は新しい感覚を持っているだろうし、古い固定観念や体裁など考えが及ばないかもしれない。
「大人になるといろいろあるの。体裁とかね」
「テイサイ」
「世間体とか」
「セケン……人にどう見られるかってこと?」
「そう。今の時代にも考えの古い人っていてね、それが親だと面倒になるの」
「ふうん……」
まだどこか釈然としない顔でイオが頷いたところで、注文したものが来た。
ランチセットには小さなサラダとスープがつく。
しゃくしゃくとサラダを咀嚼しながら、イオがちらちらと芽衣を気にする視線を投げた。
「あのさ」
やっと口を開いたイオに目を向けて、フォークで巻き取ったパスタを口に入れる。
「その、社長ってどんな人?」
眉を寄せて妙に真剣な顔で訊いてくるのに、パスタを咀嚼しながら考えた。
どんな人。
「仕事ができる人」
「……そういうことじゃなくてさ……」
「優しいよ。うん……優しいっていうか……尊重してくれる」
「尊重?」
「そう。私の意見も聞いて、そのうえでいろいろ一緒に決めるし、とにかく対等でいようとしてくれる。プライベートではね。仕事は、向こうは社長で私は秘書だから」
どうにも納得していなさそうな顔のイオに、芽衣は、はあ、とあからさまな溜息を洩らした。
「何なの。何をどう知りたいの」
「自分でも良くわかんないけど、なんかモヤモヤするんだよ」
唇を尖らせて言うイオを見返して、芽衣も途方に暮れた顔になる。
ちら、とそんな芽衣を見たイオは、弁解するように言った。
「お互い好きで結婚するっていうなら、俺も普通に『おめでとう』って言えばいいだけの話じゃん。でも契約結婚って聞くとさ……なんか、大丈夫なのかなって」
「何が」
「その、契約を盾に無理難題を要求されるとかさ」
「むしろその無理難題を、二人で解決していこうっていう主旨の契約なんだけど」
眉を寄せて返すと、イオはますます唇を尖らせる。
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