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「だからさ、それって契約の必要あるの。結婚ってそもそも共同作業なんだろ」
おっと。
「うん。まあ……そうだね」
「ねえ、本当に好きじゃないの」
「人として好きよ。恋愛としてってことじゃないだけで」
「……どう違うんだよ」
思い切り顔を顰めるイオを見返して、首を傾げた。
「……逆に聞くけど、なんで人を好きになるのが、イコール恋愛でなきゃいけないの?」
「え?」
「異性でも同性でも、同じ『好き』じゃダメなの?」
「それは……」
「Loveじゃなくて、Likeじゃダメなの?」
まっすぐに見つめて問うと、イオは僅かに怯んだような顔をした。
芽衣は思い出したようにパスタを巻きながら、低めた声で続ける。
「私、どうして誰かと必ず恋愛しなくちゃいけないんだろうって思ってた。ずっと。親とか友達とか同僚に『いい人いないの』って言われるたびに」
イオから意識を逸らして、パスタがソースの色を纏い、ごろごろのひき肉と絡んでフォークに巻き取られていくのを見つめる。
「そんなに恋愛って重要なの。手を繋ぎたいとか、キスをしたいとか、セックスしたいとか、そんなふうに誰かを好きにならないといけないのか、って。ずっと疑問だった」
手を止めて、目を上げる。
「それを理解してくれたのが、社長だった」
ふ、とイオが目を大きくして息を詰めた。
「私と社長は、同じなの」
つい挑むように見てしまって、はっとしてパスタに目を落とした。
巻き取ったパスタを口に入れると、視界の端でイオもスプーンを動かしているのが見える。
しばらく二人とも黙々と食べることに集中し、食べ終わってカトラリーを置いたのはイオの方が早かった。
少し遅れて食べ終わった芽衣は、紙ナプキンで口を拭い、グラスの水を飲み干す。
抹茶ラテを啜っているイオを後目に、芽衣もオレンジティーをポットから注ぎ、ぬるくなったそれに口をつけた。
「―――――それって、つまり、良く言う『価値観』ってこと」
ぽつ、と呟くように言ったイオに目を向ける。
……もしかして、今まで「価値観」という言葉を探していたのだろうか。
ふとそんなことを考えるが、口にはしないでおく。
「そうだね。価値観とか、思想とか……ちょっと違うかもだけど、近いとは思う」
カップを両手で包むようにして持ち、口の端に笑みを引っ掛けて答える。
「俺、自分が何したいか分かった」
「え?」
「サツキに会いたかったのもあるけど、それ以上に、社長に会ってみたい」
「は?」
もはや一音しか返せない芽衣に構わず、イオはやや緊張した面持ちでもう一度言った。
「社長に会ってみたい。サツキを任せて大丈夫な相手かどうか」
「イオ……あんた……」
きゅ、と唇を引き結んで見返してくる年下の青年を見つめて、芽衣は溜息のような声を漏らす。
「私の身内でも何でもないのに。しかもまだ社会も知らない学生の身で、私の相手を見極めようなんて考えてたの」
思わず思ったままを口にしてしまい、イオが情けなく眉を下げた。
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