7

9/12
前へ
/111ページ
次へ
 捨てられた子犬のような顔を見て、さすがに言い過ぎた、と芽衣は口を手で覆う。 「……ごめん」 「いや、……だよね。そう、今までの話聞いてても、俺にはよく分からないことの方が多いし、正直見極めなんてできないと思う。でも、若い分、直感っていうか、インスピレーション?そういうのはあると思ってる。俺なりの。だから、会わせて」  そう言い募るイオをじっと見つめて、芽衣はそっと息を吐いた。 「社長に会えば、気が済むのね?」  念を押すように問えば、イオは一瞬鼻白んだようだったが、しっかり頷いた。 「分かった」  もう一つ溜息を漏らして、芽衣はスマートフォンを取り出し、メッセージアプリを開く。  春海にいくつかメッセージを送ると、さほど待たずに既読が付いた。  数秒の間の後、しゅぽん、と気の抜けた音と共に返事が届いた。 「――――― こっちに来るって。そこの書店の上にあるレストランにいるから、五分もかからないと思う」  スマートフォンを伏せて置きながら言うと、イオは少し虚を突かれたように目を瞬かせる。 「え、そんな近くにいるの」 「うん。書店に用があるっていうから、連れてきてもらったんだもん」  事も無げに言う芽衣を、ぽかん、と口を開けてみていたイオは、はあ、と気の抜けた声を漏らす。 「……なんか、普通に仲良いじゃん……」  ぼそ、と零したイオの呟きは芽衣の耳には届かなかった。  それから芽衣の言ったとおり、五分も待たずに春海は店に現れた。  店の入口で、ぐるりと店内を見回す彼の姿を認めて、芽衣は軽く手を上げる。  気付いた春海は、にこ、と微笑むと軽く手を上げて応えてから、カウンターでオーダーをする。  イオは肩越しにカウンターを振り返って、カウンターに立つ春海の後姿を見た。  別のカウンターでトレイを受け取った春海が、大股で近づいてきた。 「お待たせ」 「いいえ。早かったですね」 「近いからね」  自然に芽衣の隣に腰を下ろす春海を、イオがやや咎めるような目で見ているが、二人とも気づかない振りをする。  春海が柔らかい笑みを浮かべたままイオに目を向けた。 「初めまして、久世春海です。ええと……」  はっとしたように姿勢を正したイオは、慌てて口を開く。 「は、初めまして。サツキの友達のイオです」 「サツキ……」  戸惑ったように繰り返して視線を寄越す春海に、芽衣は「あ」と声を漏らした。 「私のハンドルネームです。イオも本名じゃありません」 「ああ、ゲームの時のね」  納得したように頷いた春海が、再び笑みを浮かべてイオを見た。  芽衣は目だけでその笑みを見ながら、心中でそっと嘆息する。  滅多に愛想なんて振りまかない春海が、絶対に負けられない取引の場で見せる笑み。  一見柔らかいのに、どこか冷ややかなそれ。 「僕に会いたいって?」  僅かに首を傾げて問われ、イオは少し緊張したように頬を強張らせた。 「はい。サツキは大事な友達です。それが、契約結婚なんて言い出すから、どんな相手なんだって思って」  言葉を濁すこともせず、まっすぐに告げたイオを、春海は少し驚いたように見返して、「なるほど」と呟いた。  さっきまでの笑みはもうない。 「で?君は俺に何を言いたいのかな」  一人称も「僕」から「俺」に変わっている。
/111ページ

最初のコメントを投稿しよう!

117人が本棚に入れています
本棚に追加