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捨てられた子犬のような顔を見て、さすがに言い過ぎた、と芽衣は口を手で覆う。
「……ごめん」
「いや、……だよね。そう、今までの話聞いてても、俺にはよく分からないことの方が多いし、正直見極めなんてできないと思う。でも、若い分、直感っていうか、インスピレーション?そういうのはあると思ってる。俺なりの。だから、会わせて」
そう言い募るイオをじっと見つめて、芽衣はそっと息を吐いた。
「社長に会えば、気が済むのね?」
念を押すように問えば、イオは一瞬鼻白んだようだったが、しっかり頷いた。
「分かった」
もう一つ溜息を漏らして、芽衣はスマートフォンを取り出し、メッセージアプリを開く。
春海にいくつかメッセージを送ると、さほど待たずに既読が付いた。
数秒の間の後、しゅぽん、と気の抜けた音と共に返事が届いた。
「――――― こっちに来るって。そこの書店の上にあるレストランにいるから、五分もかからないと思う」
スマートフォンを伏せて置きながら言うと、イオは少し虚を突かれたように目を瞬かせる。
「え、そんな近くにいるの」
「うん。書店に用があるっていうから、連れてきてもらったんだもん」
事も無げに言う芽衣を、ぽかん、と口を開けてみていたイオは、はあ、と気の抜けた声を漏らす。
「……なんか、普通に仲良いじゃん……」
ぼそ、と零したイオの呟きは芽衣の耳には届かなかった。
それから芽衣の言ったとおり、五分も待たずに春海は店に現れた。
店の入口で、ぐるりと店内を見回す彼の姿を認めて、芽衣は軽く手を上げる。
気付いた春海は、にこ、と微笑むと軽く手を上げて応えてから、カウンターでオーダーをする。
イオは肩越しにカウンターを振り返って、カウンターに立つ春海の後姿を見た。
別のカウンターでトレイを受け取った春海が、大股で近づいてきた。
「お待たせ」
「いいえ。早かったですね」
「近いからね」
自然に芽衣の隣に腰を下ろす春海を、イオがやや咎めるような目で見ているが、二人とも気づかない振りをする。
春海が柔らかい笑みを浮かべたままイオに目を向けた。
「初めまして、久世春海です。ええと……」
はっとしたように姿勢を正したイオは、慌てて口を開く。
「は、初めまして。サツキの友達のイオです」
「サツキ……」
戸惑ったように繰り返して視線を寄越す春海に、芽衣は「あ」と声を漏らした。
「私のハンドルネームです。イオも本名じゃありません」
「ああ、ゲームの時のね」
納得したように頷いた春海が、再び笑みを浮かべてイオを見た。
芽衣は目だけでその笑みを見ながら、心中でそっと嘆息する。
滅多に愛想なんて振りまかない春海が、絶対に負けられない取引の場で見せる笑み。
一見柔らかいのに、どこか冷ややかなそれ。
「僕に会いたいって?」
僅かに首を傾げて問われ、イオは少し緊張したように頬を強張らせた。
「はい。サツキは大事な友達です。それが、契約結婚なんて言い出すから、どんな相手なんだって思って」
言葉を濁すこともせず、まっすぐに告げたイオを、春海は少し驚いたように見返して、「なるほど」と呟いた。
さっきまでの笑みはもうない。
「で?君は俺に何を言いたいのかな」
一人称も「僕」から「俺」に変わっている。
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