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 挑発的な音をその声に聞き取ったのか、イオも挑戦的な目を向けた。 「あんたの方がサツキに契約結婚なんて持ちかけたのか」 「そうだね。似通った問題を抱えていて、職場も同じで相談もしやすい。ちょうどいい相手だった。お互いにね」 「それって、サツキのこと本当に考えてんのかよ」 「Win‐Winだと思うけど?」 「ウィ……なんだよ、それ」 「お互いに利益があるってこと」  大人が子供を諭すような口調で言う春海に、きっ、と鋭い目を向ける。 「そういうさあ!……利益がどうとかじゃなくて、大切に思ってんのかってことを訊いてんだよ」  一瞬声を荒げたものの、店内であることを思い出したのか、すぐに声のトーンを落とした。眉を寄せ、その眼差しにたっぷりの非難を載せて。  春海は無感動な表情でその目を見返し、僅かに首を傾げた。 「少なくとも、君よりは彼女のことを大切に思っていると自負しているよ」  やや低くなった声に、芽衣は思わずその横顔を見た。 「サツキは俺の大事な友達なんだよ。それを契約だか何だか知らないけど、訳の分からない理由で結婚なんて納得できないね」  ケンカ腰のイオの言い様に、春海の目が冷やかさを増す。 「……俺からしたら、君の方がよほど信用ならないけど」  その声に威圧はなかったが、ひどく平坦で低い声音はどこかひやりとしていて、芽衣は思わず温めるように膝の上で両手を組んだ。 「なんで」  怯んだような色を目に浮かべながらも、イオは春海の様子を窺うように問い返す。 「本名を名乗らず素性も知れない、今日初めて顔を知った君と、同じ会社に勤務し、仕事上とはいえ毎日顔を合わせる上司である俺と、どちらがより近しいと思う?」 「そんなの……屁理屈だろ。毎日会うからって、親しいとは限らない」  イオが負けじと言い返すのを、面白そうに見返して、春海は僅かに顎を上げた。 「まあ、それはそうかもしれない。現に、君自身がそうなんだろう。学校で顔を合わせるからといって、全員と仲が良いわけじゃない」 「そうだよ」  どうだ、と言いたげに頷くイオを、春海は、ふ、と口の端で笑って一蹴した。 「単に同じ部署で働く、というだけなら、そうかもしれないけど。俺と彼女は、ただの同僚じゃない。それなりに大きな企業の、社長とその秘書だ。仕事中はほぼ一緒にいる」  そこで春海が浮かべたのは、芽衣がよく知っているあの冷やかな笑み。 「ネットを介して顔も見ずに会話だけしてる君とは違うよ」  イオの顔が一息に赤くなる。  怒りからか、それとも。 「一緒にいる時間が長いからって、それが大切にしてることとイコールにはならないだろ」 「一理ある。でも素性を明かさない君を、俺は信用できない」  ぐ、と唇を嚙んだイオが、隣の椅子に置いたバッグに手を突っ込んだと思うと、勢いよく春海の前にバン!と音を立てて何かを置いた。  目を落とした春海につられるように、芽衣もそれを覗き込む。  それは学生証だった。 「嶋本(しまもと)(あお)君、か。へえ、いい学校に行ってるね」  さらりと大して興味のない声音で言った春海に、イオがふん、と鼻を鳴らす。 「学校がどうだろうと関係ないだろ」  すると、春海はちら、と目だけでイオを見た。
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