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だってこれは間違いなく「好奇心」だ。
好奇心で根掘り葉掘り訊くべき内容じゃない。
何事もなかったかのように食べ進める春海の様子を見るともなしに見ながら、カニクリームコロッケを一つ自分の皿に取り分けた。
飲み込んだはずの好奇心がモヤモヤと胸の中に居座っているのを感じながら、フォークで一口分を切り分け、半ば自棄でぱくりと口に入れる。
咀嚼するうちに、口の中に滑らかなクリームとカニの風味が広がり、好奇心を払拭してしまった。
「カニクリームコロッケ、美味しい……っ」
噛み締めるように呟くと、春海が目を上げる。
「そうだろ。カニがたっぷり入ってこの値段だぞ」
「ウソみたい!何で?どうしてこの値段でこのクオリティが保てるんですか」
「前に訊いてみたが、企業秘密だと言われた」
「訊いたんですか」
何の衒いもなく訊ねたことに驚いた。
春海はあっさりと頷き、カニクリームコロッケに手を伸ばす。
フォークで半分切り分けて、大きな一口でぱくり。
もぐもぐ動く頬がやはり可愛く見えて、知らず知らずのうちに頬が緩む。
美味しそうに食べる人との食事は、より美味しさが増すから幸せだ。
昨日のサンドイッチもそうだったのだろうか。結局春海は食べなかったし、車中で食べる時は大抵急いでいるから顔なんて見ていない。勿体ないことをした。
さっきまでの会話などなかったかのように、しっかり食事を堪能した芽衣は、大満足で席を立った。
レジでミニバッグから財布を出そうとすると、それより早くすっ、と春海が万札を一枚差し出した。
「一緒で」
「はい。ナポリタンセット二つとカニクリームコロッケで二千三百円です」
会計を済ませて、レジの店員に「ごちそうさま」と告げると、春海はさっさと店を出てしまう。
「あ、ごちそうさまでした」
会釈と共に告げた芽衣は慌てて後を追った。
「ごちそうさまでした」
店先で待っていた春海に改めて頭を下げると、彼は軽く頷いて歩き出す。
半歩程後ろを歩いていると、不意に足を止めて振り返った。
「社長?」
「その、古き良き妻みたいな距離感はどうにかならないか」
「え」
古き良き妻。
とは。
「仕事中ならまだしも、休憩中の移動でまでその距離を保たなくてもいい」
距離。
改めて春海との距離を認めた芽衣は、なるほど、と頷く。
「つい、仕事柄無意識に距離を取る癖がついてしまって」
それに、休憩中とはいえ社長とその秘書という身分は変わらない。
芽衣は少し迷って春海を見た。
「……あの、休憩中といえども、私は秘書であることに変わりはありませんし、やはり節度は必要なのではと」
思うのですが、と続けると、春海はそっと嘆息した。
「分かった。取り敢えず、一度戻ろう」
言いながら腕時計を確認し、再び歩き出す。
やや大きくなったストライドに、さっきまでは歩く速度を合わせてくれていたことに気付いた。
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