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食事会を設定した週の水曜日の終業後、芽衣は東京駅にいた。
改札を抜けてきた両親の姿を見つけて、大きく手を振る。
「お母さん、お父さん。こっち」
「芽衣、久しぶりねえ」
母がにこにこと近づいてくるその後ろを、父が大きなスーツケースを引いてくる。
「長旅疲れたでしょう。六時間以上だっけ」
「そう。お昼に出て、今が……十八時半。すっかり疲れちゃったわ」
ため息を漏らして肩を揉む母に、父が呆れたように芽衣に言った。
「お母さん、新幹線ではずっと寝ていたんだぞ」
「お父さん!」
母が父に抗議するように声を上げ、芽衣は変わらないその様子に笑う。
「行こうか。ホテルはすぐ近くだから」
言いながら先に立って歩き出した。
「……芽衣、本当にここなの?」
ドアを開けて足を踏み入れた両親は、魂の抜けたような顔でその場に立ち尽くしていた。
芽衣は曖昧に笑って手招きする。
「うん……春海さんが張り切っちゃって」
細かい事情についてはまだ黙っておくことにした。
「春海さんとの顔合わせ、明日の夜でもいい?」
「ええ、構わないけど、平日の夜なのにいいの?」
スーツケースを置いて、まだ呆気に取られた顔で室内を見回している父を他所に、母と芽衣は取り敢えずソファに腰を下ろす。
「それは大丈夫。ちゃんと時間空けてあるから」
「さすが秘書さん」
冷やかすように言う母に「やめてよ」と苦笑する。
「お店は春海さんが予約してくれてる。一応、土曜の両家の食事会のお店よりは気軽に入れるところって言っておいたから、大丈夫だと思う」
「まあ、このお部屋を用意してくれたくらいだものねえ……すごいお部屋ねえ」
「四泊もするなら、寛げる方がいいだろうって、春海さんが」
「あらまあ、気を遣っていただいて申し訳ないわねえ」
眉尻を下げて言う母に、ホテルの予約をした日の春海とのやり取りを思い出し、内心でそっと嘆息する。
さすがに値段は言えないが、どう見てもスイートなのだから、何となく察しているかもしれない。
「バーカウンターもあるぞ。すごいな」
部屋を見て回ったらしい父が、一人掛けのソファに腰を下ろしながら言った。
「まあ、五日間楽しんでよ。観光とか行きたいところがあれば日曜に付き合うから」
「ああ、いや、いいよ。お父さんたちは適当に楽しむから」
「でも」
「明日、時間を取ってくれるっていうんだから、休みの日まで付き合わせるわけにはいかないだろう」
そう言いながらテーブルの上に置かれたお菓子に気づいて覗き込む。
「おや、とらやの羊羹だよ。お母さん、好きだろう」
「あらほんと。お茶淹れましょうか、お父さん」
そこで、「あ、そうだ」と思い出したように、母がスーツケースの脇に置かれた紙袋を取り上げた。
「芽衣、これはあんたに」
「なあに?」
紙袋を覗き込んだ芽衣は、思わず吹き出す。
「うまかっちゃんとめんべい!」
九州ではポピュラーな袋ラーメンと定番のお土産に笑った芽衣は、「いただきます」と紙袋を受け取った。
「じゃあ、明日は迎えに来るね。来る前に連絡するから、十九時までには準備しておいて」
ドア口まで見送ってくれる両親に手を振って、部屋を後にした。
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