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「……私は、父の愛人の子です」  低めた声で告げた春海を、千寿留は目を丸くして見返し、竜太郎は僅かに表情を厳しくした。 「父が囲っていた女の一人が、私の生みの親です」  春海は目を伏せて、対面にいる千寿留も竜太郎も見ていない。 「私は父を父と思えない。同時に、養母(はは)も、母とは呼べない」  言ってから、自嘲気味な笑みを浮かべる。 「向こうも、そう呼んでほしいなんて思ってないでしょうけど。彼らにとって、俺は死んだ息子の代用品でしかない」  僅かに眉を寄せた千寿留が、ちび、とグラスに口をつけた。その隣で竜太郎は表情を動かすことなく、黙々とビールを飲んでいる。 「あの、不躾なことを訊くようですけど、その、認知はされてらっしゃるのよね?」  窺うような上目遣いで千寿留が問う。  春海は皮肉げに口の端を片方だけ上げた。 「今は、便宜上。久世の家に入るまでは、戸籍には母だけでした」 「じゃあ、お母様は女手一つで春海さんを育てたのね。……お母様のお仕事は……」 「お母さん」  咎めるように芽衣が口を挟むが、千寿留はじっと春海を見ている。 「水商売です。銀座のクラブでホステスをしていました」  千寿留が眉を顰めて溜息を洩らした。 「……そう。お一人で育てられたというのは素晴らしいことだと思うけど……。水商売というのはちょっと印象が悪いというか……」 「ちょっと、お母さんやめて」  渋い顔をして言う千寿留を芽衣が低い声で窘める。だが、千寿留は構わずに続けた。 「今でこそ、KUZEマテリアルという大企業の社長さんでも、私生児なんて。それもホステス。職業に貴賎なし、なんていうけど、世間の目はそんなに甘くないのよ」  千寿留の目が芽衣に向けられた。 「芽衣、もっとしっかり考えないと。肩書や家柄がどうでも、育ちがものを言うのよ」 「世間って何なの。お母さんが、でしょ。春海さんが私生児だなんて、お母さんが誰かに言わなければ誰にもわからない」 「それが甘いっていうの。どこから漏れるかなんて分からないでしょ」 「……じゃあ、お母さんはたとえ大企業の社長でも、出自を知って恥ずかしいって思うの」  硬い声で問うと、千寿留は少しだけ戸惑ったように瞬きをする。 「そりゃあ……『娘さんのご主人、愛人の子なんですってね』なんて言われたら……」  眉を寄せて言う千寿留に、芽衣は大きく息を吸い込んだ。 「お母さんは結婚しないのは恥ずかしいって言ったけど、いざ結婚したら今度は相手に文句をつけるのね」 「世の中にはもっと普通の人なんてたくさんいるでしょう。何もわざわざ苦労する相手を選ばなくても……」 「恥ずかしいのはどっちなの」 「芽衣さん」  思わず春海が咎めるように呼ぶが、芽衣は構わず続けた。 「そんな偏見や差別に浸かりきったお母さんの方が、よっぽど恥ずかしい」 「芽衣、親に向かってなんてことを」  眉を吊り上げた千寿留に向けて、芽衣はテーブルの下でそっと春海の手に触れた。  春海は両親を見つめたまま、その手を取って包むように緩く握る。 「春海さんは、子供が産めなくてもいいって言ってくれたの」  瞬間、沈黙が降りる。  急に周囲のざわめきが耳に入ってきた。
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