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「芽衣さんが秘書についてくれて二年目ですが、非常に優秀で助かっています。こちらの意図をすぐに汲んでくれますし、すでに私の性格や考え方を把握しているようです」
そう言って悪戯っぽく笑う彼に、芽衣も頬を緩めた。
「春海さんは意外と顔に出ますからね」
「そんなことを言うのは、君だけだよ」
「目は口ほどに物を言う、というのは春海さんのためにあるような言葉です」
澄ました顔で言うと、春海が吹き出すように笑った。
「私は今までずっと、ポーカーフェイスで何を考えているかわからないと言われてきました。だから、新鮮で楽しいんです。芽衣さんといると」
あら、と千寿留が手を当てて、綻んだ口元を隠す。
竜太郎はほんの僅か眉を寄せて不機嫌そうな顔をしているが、黙って聞いていた。
「でも、お付き合いを始めたのだって、ついこの間でしょう。確か神崎さんの甥っ子さんと初めてお会いした席で、熱烈なプロポーズをされたと聞きましたけど」
にやにやと抑えきれない好奇心を、その顔いっぱいに溢れさせた千寿留が、身を乗り出して訊ねる。
途端、春海と芽衣は顔を見合わせた。
「あれは……私が、焦ってしまって……結果オーライでしたが」
照れたように首に手を当てる春海と、そんな彼を面白そうに見ている芽衣の様子を見比べた竜太郎は、やれやれ、と言いたげに小さく肩を竦めた。
「ちょうどその頃、春海さんも望まないお見合いをさせられそうになっていたのよね」
「そう。だから余計に焦ってた」
「あらまあ、お見合い?」
「ええ。----- 両親の選んだ久世の家に釣り合う、それなりの家の人と」
ふと、千寿留が口を噤む。
「両親は久世の家の存続しか頭にありません。そのために見合った家の、妻としての教育の行き届いた人と結婚させて、跡継ぎを。……私は前社長の息子として久世グループのトップ企業を継ぐ約束はしましたが、そんな結婚まで承諾した覚えはない」
強張ってきた声を自覚したのか、春海はそこで一つ深呼吸をして、芽衣の両親を見た。
「芽衣さんに出会うまでは、そんな縁談はすべて断ってきました。でも、それもそろそろ限界で。どうしても結婚をしなければならないなら、芽衣さんがいい、と思いました」
「お家のことはいいの?久世グループなんて、私にはとても想像がつかないほどの大企業でしょう。家柄にこだわるのは分からないでもないわ」
困惑した顔で千寿留が言うのに、竜太郎が思案げに続いた。
「春海君は、あくまでも会社を継ぐための便宜上の息子で、ご両親としては、さらにその先の後継が本命だということかな」
「そうでしょうね。私が久世の家に入ったのは二十七歳でした。もちろん望んで久世の家に入ったわけではありません。自分たちの都合を通すためには、手段を選ばない人たちです。その時の私はあまりにも無力で、他に選択肢がなかった。悔しいけれど」
今度は千寿留と竜太郎が顔を見合わせる。
「……なんだか、随分と強引な人たちのようね」
眉を顰めて言った千寿留は、急に喉の渇きを覚えたようにグラスを呷った。
「芽衣さんとの結婚を急いだのは、彼らに余計な手出しをする暇を与えないためです」
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