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「余計な手出しとは?」
「自分たちの意に沿わない結婚です。どんな妨害をしてくるか分かりません。だから、先にでき得る限りの手を打ちたい。……今日、この席を設けたのも、少しでも味方を増やしたいと思ったからです」
竜太郎は冷静な目で春海を見返した。
「私たちが君の味方になるという保証もないのに?」
これには春海も苦笑を漏らす。
「ええ、賭けです。大事な娘をそんなややこしい事情に巻き込まれてたまるか、と思われて仕方がないと承知しています。そのうえで、まずは知っていただきたいと思ったのです」
それに相槌を打つでもなく、竜太郎は芽衣に視線を移した。
「芽衣は、その事情を全部知っているんだな」
「もちろん、もっと詳しく知ってる。春海さんが全部話してくれたから」
「それでも、彼を選んだ、と」
「はい」
じっと見つめてくる竜太郎の目を、逸らさずに見返していると、父はそっと息を吐いて頷いた。
「芽衣が決めたことなら、お父さんはもう何も言わない。春海君、芽衣をよろしく」
目を伏せて小さく頭を下げた竜太郎に、春海は一瞬目を大きくし、それからほっとしたように微笑んだ。
「はい。ややこしい家ですが、必ず芽衣さんを守ります」
「もし、何か困ったことがあれば、いつでも連絡をしてくるといい。なかなかすぐに駆けつけるというのは難しいだろうが、微力ながら力になるよ」
「ありがとうございます」
千寿留が居住まいを正して春海を真剣な顔で見た。
「春海さん。さっきは、ごめんなさい」
テーブルに額がつきそうなほど頭を下げる千寿留を、春海が慌てて止める。
「お義母さん、やめてください」
「娘が選んだ人をちゃんと見ようともしないで、世間体や先入観が先走ってしまって……」
春海は困ったような笑みで小さく首を振る。
「大抵の場合は、それが普通の反応です」
今度は千寿留の方が頭を下げたまま首を振った。
「子供を産めない娘を貰ってくれると聞いた途端、手のひらを反す現金な親だと笑ってもらって構いません。どうか、娘をよろしくお願いします」
「私からも、頼む。春海君」
千寿留の隣で、竜太郎までもが頭を下げる。
「お義父さんまで!」
おろおろする春海の様子が珍しく、芽衣は声を上げて笑いそうになり、必死に堪えて肩を震わせた。
なかなか頭を上げない両親に、春海は途方に暮れたような顔をしたが、諦めたように息を吐くと、困ったような笑顔で言った。
「大切にします」
低く穏やかなその声が、深く胸に沁みるようで、芽衣は思わず目を細める。
契約結婚でも、見せかけでも。
この人となら何も心配はない。
そう思える声だった。
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