彼女を攫った日の出来事

10/11
前へ
/11ページ
次へ
 やがて、山を下り終え麓の町にまで辿り着いた。時刻は深夜1時。車通りや人通りは、ほとんどない。それでも、街灯やコンビニの明かりくらいは、少しずつ目につくようになっていた。  そこでやっと、俺はバックミラーを覗き込む事が出来た。  何も映ってはいない。  俺はそれに胸を撫でおろすと共に、どっと疲れが襲い掛かってきた。 「少し、休憩してもいいか?」  それに彼女は小さく、はい……と呟く。  そんな彼女の許可を得て、俺は次に通りかかったコンビニへと入り込む。 「中に行って来るけど、何か欲しいものはある?」 「……いえ、お構いなく」  彼女は依然として怯えた様子で、そう答えてきた。  無理もない。俺もまだ、先程の光景が思い浮かび、震えが止まらないのだから。  ただ、コンビニに入ると、少しばかり安心感を覚えた。  始めて訪れるコンビニだが、造りは見知ったコンビニとあまり変わらない。また、退屈そうに商品を並べる店員も同じ。その光景が俺を日常感へと戻してくれる様だった。  俺は、適当に飲み物と搬入されたばかりのおにぎりをいくつか手に取る。  そして、再び車内へと戻った。 「とりあえず、はいこれ」  俺はそう言って、お茶とおにぎりを彼女に差し出した。  すると彼女は申し訳なさそうに 「あの……お気遣いなく」と遠慮しだす。  それに対し、俺は 「たぶん、何も口にしていないんだろ? 遠慮すんなよ」と無理やり勧めた。   しかし、それでも彼女は遠慮してくる。 「確かに、夕食も摂らずに抜け出してきました……。けど、喉も乾いていませんし、お腹も空いてないんです」  そんな事を告げてきて。    それに俺は、やせ我慢でもしているのかと思ったが 「そうか……」と呟き、お茶とおにぎりを後部座席に投げ捨てた。    すると彼女は、悲し気な表情と声音で 「こんな事になって、巻き込んでごめんなさい」と呟いてきた。  そこで、俺は憂いを抱くと共に、優しく言い聞かせる。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加