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「いや、君が謝る事じゃない」と。
しかし、彼女はそれに納得がいっていない様子。
「いえ。私は多くの迷惑を掛けた……。村の人にも、特にあなたにも……。私が浅はかだった。巻き込めば、あなたにも迷惑が掛かるのは当たり前なのに……。私はやっぱり村に戻るべきなのです」
彼女は、まるで懺悔でもするかの様にそんな事を告げてくる。
しかし、俺はそれを真っ向から否定した。
「別に迷惑を掛けたって構わない。寒空の下そんな恰好で逃げ出したいと思う程の事だったんだろう? それを強要してくる連中の方が悪い。例え、どんな事情があろうともね。だけど、君が一度決めた事だ。それを途中で投げ出してはならないよ。途中で投げ出せば、君の味方をしてくれる人まで裏切る事になるから」
それを聞かされた彼女は、複雑な表情を見せて押し黙ってしまう。
だが、俺は続けて問いかけた。
「それより、ここから遠くに送り届けるのは構わないけど、宛はあるのかい?」
「いえ……、ありません」
彼女は俯きがちに、小さく呟いてくる。
だから、俺はすぐさま提案した。
「なら、俺の家に来ないか? 狭いアパートだが、それでもよければ」と。
俺のアパートなら、ここからかなり遠い。恐らく、村の者の捜索圏外だろう。それに何より、あんな事があったばかりだ。このまま、彼女を一人きりにさせる事などできはしなかったのだ。
ただ、彼女は依然として申し訳なさそうに問いかけてくる。
「有難いお誘いなのですが、本当にいいんですか? こんなにご迷惑をおかけしても……」
だが、俺の気持ちはすでに固まっていた。
「ああ、勿論さ。たくさん迷惑を掛ければいい。それでも、君を大切にしてくれる人の事だけを大事に思えばいいんだよ」
俺は力強くそう言って、彼女の憂いを断ち切った。
すると、彼女は改めて俺へと向き直り、頭を深々と下げてくる。
「何から何まで、有難うございます。それと、これからよろしくお願いします」
そんな事を告げながら。
そこで俺は、頭を振りながら笑みを漏らした。
「いや、頭を上げなよ。まぁ、これも何かの縁だろうしね。こちらこそ、よろしく」
と言って。
すると彼女は、微笑み返してくる。その表情には、憑き物が落ちたような、安堵の様な物が見て取れた。
だから、俺はそれを傍目に再び走り出す。
今度は彼女の願いを聞き入れ、彼女を攫う事を決意して。
そして、この夢が覚めぬうちに――
それは、通りを音もなく走り抜けていった。
ボロボロとなった狭く暗い鉄の箱が
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