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第10話 成果のほどは
我先にと勇んでやってきた校舎外。自分の成長を一刻も早く確かめたい彼らは、目に付く物に飛びついた。岩石、巨木、樽を満載した荷車。両腕で抱きかかえ、気合一発。猛々しい声をあげた。
「ふんぬぬぬ! ふんぬぬコノヤロ!」
「テメェなんざ石ころだ、持ち上げてやんぜぇーー!」
しかし威勢だけ。押しても引いても微動だにせず、ただ指先を痛めるだけで終わる。岩石は小指の先も浮かない。巨木も同様で、しかも木の虚を寝床にする野良猫に、シャーーッと怒られるというオマケ付きであった。
「あれ……全然じゃねぇか」
「筋力じゃなくて、瞬発力が上がったとか?」
「それだ!」
腕力を諦めたなら、今度はその場で跳び始めた。ピョンピョンと地面の上を、あるいは岩の上から飛び降りるなどして。
結果のほどはどうか。そんなものは、彼らの顔色を見たなら明らかだ。
「なんか、変わった気がしねぇな」
しかし、Fクラスの面々は簡単に諦めなかった。環境が環境だ。強くなりたいという願望は、誰もが抱くものなのである。
「持久力は、どうだぁ!」
「前と、大差ねぇよ……!」
空き地を駆け回ってみた所、スタミナが増した事実は確認できなかった。
「うおおッ! ライトニングパンチ!」
「伝説のエルボー! グレイテスト・ニードロップ!」
捕らえた魔獣相手に、背後から攻撃を浴びせもした。ランスレイトによって、首根っこを押さえつけられた不運な獣はオオトカゲ。ほぼダメージが無いので、手傷を負うこともないのだが、トカゲにすればいい迷惑だ。首の戒めが解かれるなり、茂みに飛び込み駆け去っていった。
「何一つ、成長していないだと……!」
ゲイル達は絶望に負けて膝を着いた。そこへ、息を切らしたジョーイが現れた。
「こんな所に居たのか……。とにかく皆集まってくれ。話には続きがあるんだ」
「おいジョーイ。なぁにが、魔獣食えば強くなるだ。適当ブッこきやがって!」
「シューメル。君が早合点しただけだよ、良いから戻って!」
こうしてクラス一同は空き地に集められた。一冊の書物のみがある青空教室である。
「発動条件んん?」
話には続きに耳を傾けてみたのだが、彼らは理解できなかった。そんな反応はジョーイにとって織り込み済みで、確信めいた声で説明した。
「僕達は確かに、少なくない魔獣肉を口にしている。体内には高濃度の魔力が取り込まれたハズだ。でもどうだろう。それはすぐに表に出るものだろうか。肉料理を食べても、牛や豚に変化したという話を聞かないだろ?」
「ジョーイ、豚みてぇな貴族なんてそこらで見かけるぞ」
「今のは比喩じゃなくて、そのまんまの意味だよ」
「ということはだ。何らかの条件が無ければ、強くはなれないと?」
「そうなんだと思う。ちょっと食べただけで良いなら、ランスレイト君みたいな人がもっと沢山出てくるハズだし」
「そんで、その条件って何なんだよ」
「それは分からない。めぼしい本を当たってみたけど、どこにも記述が無いんだ。そもそも謎が究明されていたら、もう実際に運用されてるハズだから」
「確かに、聞いたこともねぇな。魔獣の力を取り込むだなんて話は」
秘密が判明したのかと期待した分、落胆は激しかった。唯一の望みであるランスレイトに訊ねてみても、「気がついたら超強くなってた」としか回答が得られない。
「結局は分からず終いか……」
「だから昨日は色々と聞いてみたんだけどね。日課とか、好きな食べ物、女性と交わった経験とか……」
「えっ、何それ。ランスレイトってば女遊びした事あんの? お姉さん気になっちまうなぁ」
「うっせぇ。テメェまで興味持つなよ。質問攻めはもうゴリゴリだ」
「どこでヤッたの、夜のお店? それとも幼馴染とか、そういうパターン?」
「離れろオラ、くっつくなよコラ」
「アンタも初めてだったら良かったのにねぇ。マナの初めてをもらった色男さん」
このセリフには憤慨した抗議を招いた。
「そんな事してないもん!」
そして、聞き捨てならんとシューメルも、勢い任せに掴みかかった。
「ランスレイト! お前、マナちゃんと一体何を!」
猛抗議。その隣で取っ組み合い、からの投げ飛ばしで宙を舞う。その間、各人は恋の話で持ちきりとなった。
「あのさ、皆……。もういいや」
置き去りのジョーイは、溜め息を天高く浮かべた。彼らは10代半ば。色恋沙汰が気になって仕方ない年頃なのだ。
迎えた午後の訓練。一同は念入りに魔獣料理を腹に詰め込み、微かな期待を寄せつつ臨むことにした。
「あい、そんじゃあ枝を百回な」
指導するのはやはりランスレイト。本来の教官様は現在、倒木の幹に寝転がり、腹に猫を据えた上で愛読書を読み耽る。この職務放棄も同然の光景は、今後も改善どころか悪化する一方なのだ。
「強くなってるのか、これでハッキリするな」
「目覚めろ、オレの本当の力! そんでもってランスレイトをブチのめしてやる!」
様々な思惑で気を吐く。結果はと言うとささやかなもの。ノルマを達成したのはゲイルとコリンのみで、彼らも初回よりは楽、くらいのものだ。単純に筋肉が超回復し、そして動きにも多少慣れただけの事。特別偉大な力が加わった訳では無かった。
「キッカケ、キッカケ……どんな条件だろう」
ゲイルは身体を休める傍ら、いまだ振り終わらない仲間たちを見ていた。すると女性陣の方から声があがり、教官代理を引き止めた。
「ねぇランスレイト君。ちょっと教えてくれないかなぁ?」
「おうよ。何が聞きてぇんだ」
「持ち方とか、振り方とか、色々とね?」
「そんな難しい話でもねぇんだがよ」
口ではそう言いつつも、ランスレイトの指導は親身だった。するとお互いの腕が、肩が密着するようになり、女子生徒も瞳に妖艶さを滲ませた。
その様子を横目にして、力任せに枝を振るうのはマナだ。枝先をうるさく鳴らす仕草には、何らかの抗議を秘めるかのようである。やる気と言うよりはヤケクソだ。そんな態度が、外から見守る教官代理を引き寄せた。
「おいマナ。重心がメチャクチャだぞ。もっと腰を下ろして……」
「ひぅッ!? いきなり変なとこ触んないでよ!」
「あぁ? お前の腰骨は変なとこなのかよオウ?」
「ともかく、女の子に許可なく手を触れないで!」
気を取り直して訓練再開。しかしランスレイトは傍から立ち去ろうとはせず、様子を眺め続けた。そして足の先で、マナのふくらはぎを2度、小突いた。
「もっと足開けよ。だから安定しない……」
「それはそれで腹立つ! 失礼だよ!」
「テメェはさっきからギャアギャアと、教わってるだけのクセに生意気なんだよ!」
「教えてとは言ったけど、触ってくれとは言ってないでしょ!」
「口の減らねぇやつ。でけぇ口は百回くらいこなしてからホザけよ!」
「そんくらい出来るもん!」
「だったらやってみろよこの野郎!」
それからのマナは凄まじかった。普段のお淑やかな気配や、慎ましさなど皆無である。まるで野獣のごとき獰猛さを撒き散らし、枝を振ることに全精力を注いだ。
その甲斐あってか、比較的早くノルマを達成した。マナは枝を投げ捨て、全身から湯気を沸き立たせながら、額の汗を腕で拭った。
唖然とする一同。その中で、若干名は閃くものがあり、高らかに叫んだ。
「おい、今のは使えるんじゃないか?」
「今のって?」
「怒りだよ怒り。もしかすると、それで力に目覚めるのかもしれない!」
「なるほど、ちっとばかし試してみるか!」
こうしてゲイル達は飽きもせず、力の覚醒に固執した。胸に宿る怒り、理不尽な世の中への憤りを、大きな声で打ち出していく。
「貧乏の馬鹿野郎! 貧乏のクソ馬鹿野郎!」
「あの紹介屋の野郎、嘘つきやがって! ここに来りゃ女にモテモテ、卒業後は騎士団入りだって聞いてたのに!」
いくつもいくつも並べられていく、実体験からくる吠え声。結果はというと、やはり失敗であった。変わった食材を口にして、怒りを露わにした程度で強くなれるのなら、世界は武神だらけになるハズである。
そんな単純な理屈すら省みる事無く、枝は延々と振り回されるのだった。
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