第13話 アイツは誰だ

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第13話 アイツは誰だ

 足音を殺しながら、暗闇を駆ける3つの影。抜き身の剣や、戦斧の刃が月明かりに照らされて妖しく煌めく。 「どこ行ったんだよ、マナのやつは……。心配ばっかかけるんだから!」 「懲罰房だろう。他に考えられない」  時刻は深夜を迎えている。遠くからは鳥の鳴き声が聞こえるばかりで、物音など確認出来ていない。一応の目星があり、幸いにもひと気が無いとは言え、ここは敵地も同然だ。壁に身を寄せ、逐一安全を確かめなくては先に進めなかった。 「ジョーイ達も気がかりだ。上手くやるだろうか」 「あっちの心配をする余裕はねぇよ。アタシらの方がよっぽど危ねぇんだ」 「おいコリン、1番危険なのはマナちゃんだろうが!」 「わーーってるよ、うっせぇな。静かにしやがれ」  ゲイルを先頭に、コリンとシューメルが続く。彼らは捜索隊に志願して、今ここに居る。最強戦力ともいえるゲイルとコリン、そして強引に付いて来たシューメルには武器が支給された。  しかしそれも焼け石に水か。防具も無しに格上と戦闘し、無傷でいられるかは期待できない。彼ら以外の生徒は、ジョーイの指揮のもとで引き続き籠城だ。そちらとて中核メンバーを欠いたので、万全には程遠く、心細さを共にしている。  この戦力を分散させる行為は危険だった。しかし、運命が味方をしてか、早くも目的の人物を見つけ出した。 「あんなところに居た。マナ!」  照明石の街灯に照らされる1人の少女。校舎と花壇の間、通路として敷かれたタイルの上で佇んでいる。そして立ち止まるだけでなく、ただ虚空を見上げて震えていた。  何かがおかしい。3人は全速力で駆けると、やがて、マナが向ける視線の先に気付く。校舎2階ベランダに腰掛け、満月の青光を浴びつつ妖しく見下ろす男の姿を。右腕の腕章には赤地に紫フチ。それを眼にしたゲイルは、腹の奥を殴られたような錯覚を覚えた。 「こいつ……Aクラスか!」  Aクラスとは、貴族の子弟で編成されるSクラスを除けば、学園で最上位の存在である。一言で言えば異能者集団。Bクラスの基準が、一定の知識経験がある程度のところ、抜きん出た能力を持つもののみがAへの昇格を許される。  剣が遣えるだとか戦場経験がある、などという生ぬるい相手ではない。ゲイル達も、噂程度には知っており、おかげで生きた心地はしなかった。 「Fランどもが夜中にお散歩かい? 目障りだから止めて欲しいんだけど」  男の三白眼(さんぱくがん)が歪む。辛辣な口ぶりの割には、笑顔に見えなくもない。これは交渉の余地があるか。ゲイルは、足が震える想いに堪えつつ、どうにかして言葉をつむいだ。 「頼む、見逃してくれ。用が済めばすぐに引き揚げる」 「こんな夜中に用事? 盗みでも働こうってのかな?」  あらぬ嫌疑に、マナは泣き叫ぶような声をあげた。手にした干し肉と、水で満たされた椀を見せつけながら。 「違います! 友達が懲罰房に入れられてるんで、食べ物を持って行こうと!」 「ふぅん。そんなの、見つかれば大事になるのに、わざわざ危険を侵して? それって本当に友達なのかな。捕まってるのは例のお騒がせ君だよね」 「彼は私達の為に罰を受けているんです。だからせめて、食べる物くらい渡したくて。お願いです、見逃してください!」 「アッハッハ、泣かせるね。よっぽど慕われてるんだな、アイツは」  男の笑い声が夜空に放たれる。空気は悪くない。成り行き次第では、刃を交える事無く平穏に収まりそうにも思える。  だが、そんな善意を前提とした見込みは、男の態度によって一蹴されてしまった。 「アイツを慕う女の子を、ボロッボロに汚してやったら面白そうだよね!」 「あわわ、こりゃヤバそうだ。どうすんだよゲイル!」 「クソッ……こうなったら、やるしかない!」 「アッハッハ。この僕と直接渡り合おうってのかい? ナメないでくれるかな!」  男が腕を振るうと、辺りに青い風が走った。それはゲイル達の胴体を貫き、地面に着くと消えた。  何をされたのか。そう叫ぶよりも前に、彼らは身体の異変を察知した。指の一本すらも動かせず、そして感覚もない。自由になるのは首から上くらいのものだ。そんな状態でも、両足で立っていられる事は不気味で、恐ろしくも感じる。 「何だよこれ! どうして身体が!」 「アハハァ。精神魔法は初めてかな? それはバインドソウルっていう、動きを縛るものなんだ。覚えておくと良いよ」 「チクショウめ、他人の身体みてぇだ……!」 「それにしてもFランの諸君さぁ、詠唱もしてないのに、ここまで効いちゃうんだね。君ら弱すぎでしょ、マジで」  嘲笑う声が降り注ぐ。そこへマナが駆けつけようとした。 「みんな、大丈夫!?」 「バカ! アンタは逃げろよ。あの野郎はアタシらには興味なんか……」  駆けつけようとしたところ、頭を後ろから放たれた青い光が貫いた。するとマナは、手元の肉と椀を落とし、辺りに撒き散らした。それからは両手を抱えて膝を着き、虚空を見つめては震えだす。 「てめぇ、マナに何をしやがった!」 「同じく精神魔法だよ。ただし、趣向を凝らして、別のものをね」 「何をしたかって聞いてんだよ!」 「今のは誘淫の魔法さ。これにかかれば理性もない、盛りきった野良犬みたいになるよ。眼に映る男を絞り切るまで、延々と襲いかかるんだ。それこそ、衰弱して死んじまうまでねぇ!」 「何だと!? 今すぐ解けよクズ野郎!」 「そ、そうだぞぅ! 汚い真似はよせぇ」  鋭く糾弾する声、いささか丸みを帯びた声が、男に向けられた。それで怯むはずもなく、高笑いがあるだけだ。更に、青い髪を後ろに撫でつけ、勝利に酔いしれた言葉を投げつけた。 「シナリオとしてはこうさ。自らを犠牲にして囚われたお騒がせ者ランスレイト。しかし仲間たちは感謝するどころか、身内で盛り合う始末。自分が信頼していただろう女が率先してね!」 「何がシナリオだよ! ふざけた事抜かしてんじゃないよ!」 「これは実に滑稽、いや傑作とも言える筋書きかな。やはりFランはどうしようもないクズであると、語り継ぐのに最高の逸話だと思わないかい?」 「マナ、早く逃げな! アンタは身体が動くんだろ!?」 「コリンの言う通りだ、マナ。オレ達の事は良いから、どこかに逃げてくれ!」 「良いね良いね。ギャラリーってのは声を出すのが仕事さ。その調子で盛り上げてくれたら嬉しいよ」  男はベランダから飛び降りると、薄笑いを浮かべながら歩み寄った。隙だらけの動きだ。その腹に剣を叩きつけてやりたいと呪っても、いまだに指の一本すら自由にならない。 「さぁて、そろそろ『役者さん』も出来上がる頃だ。開幕といこうじゃないか……」  しかし男は、些細な異変に気づき、足を止めた。魔法のかかり方が弱い。マナの瞳には、意思の輝きが明滅しながらも、いまだ覇気を保ったままだった。 「そんな事、絶対に嫌。私は、言う通りになんか……!」 「粘るねぇ、お荷物の雑魚なのに。でもその頑張りも、集中力が切れたらどうなるかな?」  男は腰の剣を抜き放ち、切っ先を中天に向けた。白刃が、月の光を受けて凶々しく輝く。 「たとえば、こんな風にさぁ!」 「やめろぉーーッ!」 「早く逃げるんだよ、マナッ!」  迷いのない振り下ろし。無防備のマナに防ぐだけの力はない。もはや一太刀を身に受ける事は、避けようもない未来だ。  だがその瞬間。辺りに凄まじい風切り音が鳴り響き、その剣を奪い去った。目に見えぬ圧力は地面をえぐり、刀身もあらぬ所に突き立ってしまう。 「だ、誰だ!」  男は顔を歪ませて叫ぶ。だがゲイル達は、顔を見なくとも察しがついた。 「誰か、なんて考えるまでもない」  こんな芸当の出来る人物など、果たして学園に何人居るのだろうか。 「アタシらを助けるヤツなんて、アイツくらいなもんだし」  Aクラスを相手に立ち向かえる人間。しかも彼らを庇うとくれば、もはや自明なのである。 「来るのがおせぇんだよ、バカ野郎!」  Fクラスにとって唯一無二の希望。その姿を求めて、ゲイル達は視線をさまよわせた。  すると、正面の大木に人影を見た。枝の上で、堂々とした立ち姿を見せる男を。しかし街灯に照らし出される容貌は異質だった。  頭は面体で、髪からアゴ先までを覆い隠している。上半身は裸、下は汚れの激しいズボンで、裾周りをゲートルで絞る。他は一糸さえもまとわない。そんな、見るからに怪しげな男が、くぐもった声を闇夜に響かせた。 「そこまでだ悪党! お前の悪行は、決して許されるものではない!」  いや、本当に誰だよ。居並ぶ者たちは敵味方の垣根も無く、そう思わずには居られなかった。
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