第14話 正体は秘密です

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第14話 正体は秘密です

 突如として現れた半裸の男。見た目の異様さに反してハツラツな声が、酷くいびつに感じられる。そして寒くないのかと、ローブを着込む一同は、似たような顔を並べて眺めるのだった。  面体の男はそんな驚愕には目もくれず、右手を突き出して叫んだ。 「貴様の悪行もこれまで!」  続けて握りこぶしを天に向けて突き上げる。 「たとえ天が見逃そうとも!」  そして鳥が滑空するような姿を模して、両腕を掲げてようやく止まる。 「私の正義が許さないッ!」  いちいち鬱陶しい。ポージングしなきゃ喋れないのか。皆は大差なく内心で叫んだ。  そこへ痺れを切らしたような声が響き、乱入者を激しく責め立てた。 「誰なんだよお前は!」 「私か。私はラン……」 「ラン?」 「ゴホン! ランナウェイ・オーミヤだ!」 「聞いたこともないな……。どこの誰かは知らないけど、邪魔しないでくれるかな。こちとら学内最強のAクラス様なんだけど?」 「強いか、弱いかなど関係ない。過ちを犯した者の罪こそが断罪されるのだ!」 「どこまでもフザけた男だ。見て見ぬフリすれば良いものを。僕の前に立った事を後悔するんだね!」  苛立ち混じりの声は、すかさず定型文めいた口調になる。これは魔法の詠唱であった。 ――無形なる深き澱みの精霊よ。臣なる者、導きの奇跡を乞う。行く手を阻む者の四肢を奪い、忘却させよ。  すると、付近に不吉な風がそよいだ。それは一点、詠唱者へと吹き付け、集まるかのようである。  枯れ葉が転がる音を聞いたのも束の間、魔法はいよいよ発動した。 「バインドソウル!」  それは視認できる風、あるいは宙を疾走する波だ。紺碧に染まる波動が眼にも止まらぬ速さで駆け抜け、たやすく標的を貫いた。  ランナウェイ・オーミヤの身体が揺さぶられる。しかし、そこで終わらない。突き抜けたはずの波動はその場に留まり、今度は絡みついたのだ。足首から腕まで念入りに。さながら捕食する蛇のようにも見えた。 「アッハッハ! どうだ、動けないだろう。僕を侮った罰だよ、このままなぶり殺しにしてやるからな!」  勝ち誇って嘲り、腰のナイフを2本抜くなり逆手に構えた。双剣の構え。ごく自然な動きからは熟練という言葉が似合う。 「鼻か、耳か、それとも指か。どれから落として欲しい!?」  駆けた。必勝の精神魔法、しかも直撃だ。勝ちは確実で、後はどう料理するかだけを考えれば良い。そんな思惑から、歪んだ笑みを浮かべたのだが、間もなく凍りつく事になる。 「こんなもの……フン!」  掛け声とともに、ランナウェイ・オーミヤが動いた。邪魔くさいと払いのけるかの様な腕には、微かな制限も感じさせない。そして紺碧の縛めは音を立てて砕けて、粒子となり、霧のような水滴となって消えた。 「バカな、僕の魔法が!」 「バカはお前だ。今のうちに懺悔を済ませておけ」 「うわぁぁ! 止まれ、止まれぇーーッ!」  男は全力疾走で飛びかかる最中だ。勢いは止まらず、ランナウェイ・オーミヤの傍へ一直線。勝利の美酒が猛毒だったと分かった今、顔は半狂乱に歪んでいた。  破れかぶれで振り回されるナイフ。ランナウェイ・オーミヤは、滑らかに避けて懐へ潜り込むと、高らかに拳を突き上げた。ちょうど腹に突き刺さる位置である。 「天誅ーーッ!!」  攻撃を浴びた身体は舞い上げられ、校舎の上まで飛んだ。そして屋上に落下したならそれまで。もう1度争う気配は見られなかった。 「ふぅ。悪は滅びた」  全てが終わった頃、ゲイル達は両手を挙げて駆けつけた。精神魔法は、術者が退散した事で効力を失ったのである。 「やったぁ! 助かったぜランスレイト!」 「ランナウェイ・オーミヤだ。礼には及ばない」 「捕まってたはずなのに、よく出てこれたな。まぁランスレイトのお陰で生きながらえた訳だが」 「ランナウェイ・オーミヤだ。これに懲りたら危険な真似は止めるんだ」 「分かっちゃいるんだけどね。ウチの姫様が聞かなくってさ。アンタからも言ってやってくれよランスレイト」 「ランスレイト・オーミヤだ。その事なら……」 「えっ、今なんて?」 「ランナウェイ・オーミヤだ。彼のことなら心配要らない。囚われの身でも元気にやっている」  ここまで来ると、ゲイル達は脱力するばかりだ。もういいや、それで通したいのならと、追求する口を閉じた。  やがてマナも精神攻撃から復活し、自らの足で立ち上がった。そして頭を深々と下げて、感謝の言葉を述べた。 「どこのどなたかは存じませんが、危ない所をありがとうございました!」 「気にするな。それよりも、夜中の独り歩きなどやめたまえ。周りを危険に晒す事になりかねない」 「分かりました。でも友達が、ランスレイト君が捕まってて。飲まず食わずだったら辛いだろうなって」 「心配無用。私が隙をついて食事だの水だのを差し入れている。そのお陰で元気にやっている」 「でも彼は、ああ見えて小心者だし、寂しがりで誰か居ないとダメなんです。今もきっと心細いと泣いてるだろうし」 「ハァ? 誰が小心者だって? んな訳あるかよ、お一人様上等だ。爺にしごかれてた頃なんか、単独で延々サバイバルやってたんだぞ」 「ほら! やっぱりランスレイト君じゃないの! どうして正体を隠してるの!?」 「……という具合に、彼がこの場に居たのなら、反論しただろう。ともかく気遣いは無用。君たちはすぐに帰りたまえ!」  そんな言葉を残して、闇夜の空へと身を躍らせた。ゲイル達は曖昧な顔で、成り行きを見守った。  それはさておき、夜中にうろつく理由も消滅した。マナの謝罪もほどほどにして、彼らは寮へと戻る事にした。  帰還して、事の顛末をジョーイに報告。小さくない不条理に触れた為に、口ぶりも困惑気味となるのだが、返されたのは朗らかな笑い声だった。 「アッハッハ。何だいそれは。ランナウェイって!」 「まぁ十中八九アイツだろう。頑なに正体を明かさなかった事は気になるが」 「それはそうでしょ。ランスレイト君は罰を受けているという建前がある。どうやって抜け出たかは知らないけど、大っぴらに現れる訳にはいかないじゃないか」 「言われてみればその通りだ。思い至らなかったとは言え、悪いことをした」 「まぁ、平気でしょ。彼は楽しそうにしてたんだろう?」 「そりゃもう、すこぶる。いつになく生き生きしてたぞ」 「騙されてあげようよ。せめてもの恩返しのつもりでさ」  寮の中には再び平和が取り戻された。浮かべる笑顔に苦笑が混じる事はあっても、懸念は一通り解決できたのだ。  残すところ後1日。それさえ乗り切れれば、Fクラスの勝利である。
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