第3話 就寝時はお静かに

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第3話 就寝時はお静かに

 賑やかな晩餐を終えたランスレイト達一同は、場所を寮へと移した。そこは大部屋で二段ベッドが並ぶのみという、やはり劣悪な環境だった。しかも男女共用で、別室はない。一部屋だけを使えとのお達しである。 「マジで、家畜か何かだと考えてんだな」  生徒たちは、せめてもの反抗として、部屋にルールを設けようとした。音頭をとったのはゲイル。理性を長く保つためにも、絶対に必要だと熱弁したのだ。  それに真っ向から反対したのはランスレイトだ。首の裏を乱雑に掻きむしって、不快感を隠そうともしない。 「ルールとか止めろよ、クソ面倒だ。好き勝手にやりゃ良いじゃん」 「そうはいかん。秩序が無ければ弱いヤツから気を病んでしまい、じきに倒れてしまうだろう」 「あっそ。じゃあお好きにどうぞ。オレは付き合ってらんねぇ」  ランスレイトは制止の声を無視して、部屋の中央付近のベッドで寝転んだ。そして物の数秒でイビキが聞こえるようになる。 「アイツ……。まぁいい、皆は異論ないだろうな?」  ひとまず大多数の賛同もあった事で、ルール決めは為された。差し当たって部屋の中心は荷物置き場とし、部屋の左右を男女に分け、各人が決まったベッドを使用する。無闇に互いの領域を侵さないこと。そんなものがいくつか決められ、就寝を迎えた。 「オレ、女の子と同じ屋根の下で眠るなんて、初めてだよ……」 「言ってる場合かよ。クソ寒くて風邪をひきそうだ」  何人かの男子生徒がボヤいた。彼らに与えられたベッドは簡素も簡素である。木組みに薄汚れた藁を敷き、掛ふとんは羊毛の薄い布団が1枚のみ。隙間風が暴れるFクラス寮では、寒さを凌ぐ事すら困難だ。  そんな中でも、ランスレイトだけは高いびきだ。しかもベッドから足をはみ出し、服から覗く素肌をボリボリかくという、豪胆な姿を晒しながらだ。男子生徒達は羨望の眼差しを向ける一方、どこかで侮った。  きっとバカなんだろうなと。  場面は変わって女子生徒側。こちらはこちらで眠りにつけず、近場の生徒同士で語り合っていた。 「私達、どうなっちゃうんだろぉ……」  心の内を素直に吐き出したのは、本日最も騒がしくしたファンナだ。栗毛色のショートボブ、結んだ髪をヘアバンドの要領で頭に巻く。丸顔で柔らかそうな頬、身体つきも華奢と、比較的愛らしい容貌だ。しかしヒステリックに叫ぶばかりなので、その美貌に気付く者は少ない。 「んな事ァ誰にも分かんねぇだろ。アンタもどうしよどうしよ騒いでないで、ちったぁ腹を括れよ」  強い言葉を放ったのはコリン。金色の長い髪に彫りの深い顔立ち、長身でグラマラスとあって、やたらと目を惹いた。初日にして早くも馬脚を現しており、女性陣からは頼りにされ、男性陣からは憧れの眼で見つめられる事となった。 「とにかく、皆で団結しないと……」  自分に言い聞かせるように呟いたのはマナだ。桃色で、緩やかにウェーブする髪を、小さなサイドテイル結びにしている。体つきも女性陣の中で一際小さい。しかし芯は強い方で、大勢が泣き叫ぶ中であっても、ほぼ泣き言を口にしなかった。  そんな小さな体のどこにと、何人かは不思議に感じたものである。もちろん、問いただせる程に深い付き合いはしていない。そして彼女の気質も、ランスレイトの異常行動を前に霞んでしまった感がある。 「アンタ達、団結も良いけどね。早いうちに決めときなよ」 「決めるって何を? 死に場所とかキメ台詞とかぁ?」 「取り入る男だよ。そんな相手がいれば、身を挺して守ってくれるだろ」 「それって、恋心を利用するってこと? 私は遠慮したいなぁ」 「ファンナ。アンタだって死にたかねぇだろ? だったら心を殺してでも男を引っ掛けなよ。そうじゃなくても、アンタは早めにくたばりそうな体つきしてんだから」 「だからって、好きでもない男に身体を許すとか……ヤダなぁ」 「そこは上手くやんだよ。のらりくらりと逃げ回って、最大限に利用すんの」 「えげつない。私、ちょっと無理だわぁ」 「そうかい。アンタは?」  話を振られたマナは、しばらく沈黙を挟んでから呟いた。 「私も、遠慮する。今は余計な事考えられないから」 「あっそ。じゃあアタシがすげぇ男を掴んでも、後から文句言うんじゃないよ」 「1番スゲェって誰のこと? ランスレイト?」 「いや、アイツは確かにスゲェけど、危なっかしいからね。ここは無難にゲイルら辺を……」  コリンが言い終える前、ささやかな異変が起きた。締め切ったはずの木窓が開き、風が舞い込んだのだ。  建て付けでも悪いのか。そう思って振り向いたコリンは、暗闇に人影を見た。 「誰……ッ!?」  叫びかけた所、口を塞がれてしまう。そしてすかさず両手、両足までも自由を奪われ、そのままベッドに押し倒された。  いったい誰が。視界が怪しい中、コリンは闇夜に浮かぶ金飾りを眼にした。続けて、邪悪に嘲笑う男の顔までも見えた。 「アンタたち、何を……」 「騒ぐんじゃねぇよ。まぁ仮に大声を出したとしても、オレたちBクラスを止められるヤツなんか居ねぇがなぁ!」  乱入者は聞こえよがしに叫んだ。しかし、咎める者はおろか、身を起こす人影さえも無い。それだけBクラスと言う言葉は重たく、ある程度の戦闘経験を持つ者を指す意味合いも持っていた。  それが仲間たちの身体を縛り、助けようとする意思を奪うのだ。 「チクショウども、アタシを見殺しにする気かよ。何が団結だ!」 「うっせぇ女だな。キンキン声が頭に響く」 「いや、こんぐれぇ気が強い方が良いだろ。最後にどんな顔すっか楽しみだ」 「そんな前フリどうでも良い。さっさとヤろうぜ」 「そうだな。そんじゃあオ〜〜プン」  気安い言葉と共に、コリンの衣服に手が伸び、肌が露わになる。傍若無人の振る舞いは、行き着くところまで止まる事はないのだ。  コリンの瞳は屈辱の涙で満ちた。悔しい。こんな下衆どもに。必死の力を込めて抵抗しようにも、連中は歓び、暗く嘲笑うばかりだ。 ――誰か助けて! この際何でも良いから!  その声にもならない悲鳴は、確かに届いた。闇夜に染まる室内で起き上がる影。それは心から切望する援軍であった。  ただし、期待するほど丁寧でも、気品も無い男であったが。 「うっせぇんだよボケェ! 夜中にギャアギャア騒ぐんじゃねぇよ!」  ランスレイトの怒号が部屋全体を揺らした。それだけで倒壊しかねない程で、狸寝入りを決め込む生徒はもちろん、乱入者までも取り乱した。  しかし叫んだ人物の正体が知られるなり、乱入者達は酷薄に笑った。 「誰かと思えば、演説の時のクソ野郎じゃねぇか!」  男たちはコリンから離れると、腰のナイフを抜いて構えた。手早く三方から取り囲む動きは、流石に手慣れたものである。 「覚悟しろよオイ。てめぇのせいで八つ当たりみてぇな話を長々と聞かされたんだぞ」 「あっそ、ご苦労さん。じゃあ2度と演説に並べない体にしてやるよ」 「言ってろ、Fランのクズが!」  3人は示し合わせたように斬りかかった。抜群のコンビネーションに逃げ場はない。順当に考えれば、いずれかの刃が胴体に突き立ち、命を奪い去るだろう。  しかしランスレイトは普通には程遠い。眼にも止まらぬ速さで拳を繰り出し、ナイフの腹を撃つと、3本ともへし折ってみせたのだ。  これには戦慣れした男達も、眼を剥いて驚いた。丸腰相手に武器を破壊されるなど、未知なる体験であったからだ。 「ナイフが、何で!?」 「今度はこっちの番だオラァ!」  鉄拳が男達の頬を撃ち抜く、撃ち抜く。鉄製の武器すらも砕いてしまう威力だ。まともに受ければ無事では済まず、食らう傍から床に倒れ伏した。そしてアゴの形を不揃いにして、痙攣を始めてしまった。 「次にケンカ売る時は、相手を見てからやれよ。生きてたらな!」  ランスレイトは窓から3人を放り出すと、苛立ち紛れに木窓を閉じた。そしてフラリとベッドへ戻り、高いびきを響かせる。  この一件により、寮のルールが追加された。消灯後はお静かに。特に、ランスレイトを起こさないようにと。
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