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(01)ジュニアと秘跡の神父
耳元で弾けるような音とともに脳がグラついた。
左足で後ずさる。アスファルトの鈍い感触を履き古したスニーカーが捉えた。バランスを崩した拍子に相手の追撃の拳が視界の端に映った。
瞬間、踏みしめた左足の膂力を爆発させ、ジュニアは頭突きした。
「ぐあっ!」
怯んだ相手に一歩を踏み出す。両腕は後ろ手にロープで縛られているが、その縄がギリギリとしなる音がした。ジュニアは相手の懐に完全に入り、フックを顎を引いてやり過ごし、そのまま再び頭突きした。
「ぎゃぁっ!」
頭突きを食らった相手は、つい先ほどまで浮かべていた嫌な笑みを引っ込め、顔を両手で押さえた。
「ってめえ、ズルいぞ!」
「あぁ?」
「殴られ屋のくせに……っ! 金返せ!」
鼻を潰された、ジュニアよりも拳ひとつ分ほど背丈のある男が、膝に手をついた。
「これしき殴れない、お前が悪いんだろ。授業料だと思え」
「覚えてやがれ……っ!」
「はっ」
逃げ出した男のケツを挨拶代わりに蹴飛ばし、ジュニアは自分の両腕を縛しているロープを解いた。
「スラムじゃ素直な奴ほど馬鹿を見る。常識だろ」
ジュニアがロープを振り回していると、近くの物陰から様子を見ていた男が近づいてきた。そいつに向かってロープを投げる。
「おっと。ジュニア、どうしてお前はそんなに堪え性がないんだ? 私たちがしているのは客商売だぞ? 悪い噂が広まれば、すぐに相手にされなくなる」
「黙って殴られるのは性に合わないんだよ」
ジュニアが気炎を吐くと、黒ずくめの男は軽く十字を切った。
「神よ、今日の糧を与えたもうたあなたに感謝いたします」
「エセ神父のくせに、祈りの言葉は忘れないんだな」
「人聞きの悪いことを言うな。ほら、7:3だ。お前は3」
「はぁ? 先週は5:5だったぞ!」
「神の導きにより当座の食事に困らないだけの金は得た。だがお前のせいで客は失せるだろう。私の祈りよりお前がマグロになっていた方が儲かるなんて、世も末だ」
ジュニアは神父の格好をした三十代半ばの優男に背を向けると、その辺に放ってあったサンドイッチマン用の看板を拾った。
「あんたに許しの秘跡を頼む奴がいるなんて、この世の終わりが近い証拠だ」
ジュニアはバネを宿した自分の肩に紐を掛け、「殴られ屋」と書かれたサンドイッチマンになると、ジーンズのポケットに神父からひったくった金をねじ込んだ。
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