≪KK編(終) 07話 -今日をふたりは歩いていく- ≫

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 小須戸は休憩室のテーブルに立てかけたスマホに対して、頭を下げていた。  そして、ゆっくりと顔を上げる。  スマホの画面にはもう通話の画面は映っていない。  小須戸はスマホをしまい、席を立った。  いつまでこの状況が続くのか。いったいいつになったら、元のようにみんながのびのびと過ごせる世の中になるのか。  まん延防止重点措置。  2月も中旬に入り、政府の基本的対処方針に突然降ってわいて出てきたその言葉。 『本指針は、国民の生命を守るため、新型コロナウイルス感染症をめぐる状況を的確に把握し、政府や地方公共団体、医療関係者、専門家、事業者を含む国民が気持ちを一つにして、新型コロナウイルス感染症対策をさらに進めていくため、今後講じるべき対策を現時点で整理し、対策を実施するに当たって準拠となるべき統一的指針を示すものである。』 『我が国においては、令和2年1月15日に最初の感染者が確認された後、令和3年2月10日までに、合計407,827人の感染者、6,676人の死亡者が確認されている。』  基本的対処方針には以降、この新型コロナウイルス感染症に対してどのような対策が打たれてきたのかがまとめられている。  4月から5月末まで発令された緊急事態宣言によって、これまで動いていた人の活動、時間が止まった。  しかし、その結果、新規感染者数が抑えられ、医療提供体制のひっ迫の状況も改善され、緊急事態宣言は解除された。 『緊急事態宣言解除後、主として7月から8月にかけて、特に大都市部の歓楽街における接待を伴う飲食店を中心に感染が広がり、その後、周辺地域、地方や家庭・職場などに伝播し、全国的な感染拡大につながっていった。』 『この感染拡大については、政府及び都道府県、保健所設置市、特別区(以下「都道府県等」という。)が連携し、大都市の歓楽街の接待を伴う飲食店等、エリア・業種等の対象を絞った上で、重点的なPCR検査の実施や営業時間短縮要請など、メリハリの効いた対策を講じることにより、新規報告数は減少に転じた。』 『夏以降、減少に転じた新規報告数は、10月末以降増加傾向となり、11月以降その傾向が強まっていったことから、クラスター発生時の大規模・集中的な検査の実施による感染の封じ込めや感染拡大時の保健所支援の広域調整等、政府と都道府県等が密接に連携しながら、対策を講じていった。』 『12月には首都圏を中心に新規報告数は過去最多の状況が継続し、医療提供体制がひっ迫している地域が見受けられた。』  そして、年が明けて緊急事態宣言が再び発令、延長を経て、今に至っている。  まん延防止等重点措置とは何なのか。  それは一言で言ってしまえば、一旦終息を見せ始めた感染状況をどうやって再拡大させずに抑えていくか。というものである。  新型コロナウイルス感染症はインフルエンザと比較した際、隔離を要する期間が非常に長い。  インフルエンザが7日間の隔離期間に対し、新型コロナは14日間を要する。  またインフルエンザの無症状が1割なのに対し、新型コロナは無症状か軽症が8割。  それは結果として無症状、軽症患者が感染を広め、高齢者、基礎疾患を有する者を重症化させて、医療体制をひっ迫させていくということ。  新型コロナに対してはこれまでインフルエンザに対して行ってきた、対処法が通用しない。  それは新型インフルエンザ等対策特別措置法という名称からも明らかである。  ワクチンが国民全体に広まり、治療法が確立されるまで、この状態は続く。  それが、このコロナ禍の終わりという問いかけに対する回答になるのだろう。  日本以外に目を向けると、いったん収まった感染状況がロックダウンなどによる行動抑制を解除した結果、再び感染拡大を招いてしまったケースが後を絶たない。  そして、医療崩壊を起こし、道端に死体を積み上げざるを得ない惨状を招いた。  2021年2月24日時点での〝直近1週間〟での〝人口10万人当たり〟の世界の状況は次の通りとなる。  アフリカ地域 :新規感染者数242.7人  新規死亡者数6.1人  アメリカ地域 :新規感染者数4715.5人  新規死亡者数111.2人  東地中海地域 :新規感染者数820.9人  新規死亡者数19.1人  ヨーロッパ地域:新規感染者数3918.5人  新規死亡者数87.0人  東南アジア地域:新規感染者数652.4人  新規死亡者数10.0人  西太平洋地域 :新規感染者数77.9人  新規死亡者数1.4人  感染者、死亡者ともにアメリカ地域とヨーロッパ地域が突出していることがデータからも伺える。  同じ期間での感染者数、死亡者数の上位五か国は次の通り。  アメリカ:新規感染者数673,630人  新規死亡者数21,412人  ブラジル:新規感染者数318,290人  新規死亡者数8,267人  フランス:新規感染者数127,565人  新規死亡者数2,837人  ロシア :新規感染者数104,602人  新規死亡者数3,465人  イギリス:新規感染者数97,271人  新規死亡者数4,816人  そして、西太平洋地域に属している日本および世界全体で見た場合は次のようになる。  日本  :新規感染者数11,037人  新規死亡者数574人  世界全体:新規感染者数2,726,974人  新規死亡者数81,340人  日本と世界各国を比較した際に、日本の死亡者数および感染者数はかなり低い。  要因は周りを海に囲まれた島国であること、文化や国民性など様々なものがあるのだろう。  だが、それらの要因を語るべき時はまだ訪れてはいない。  まだコロナ禍は終わっていないのだ。  小須戸がオフィスに戻ると、みさをの姿はなかった。  はたしてどこにいったのか。  脳裏にみさをの笑顔が浮かぶ。  思えば、この一年、色々な事があった。  狭いふたりきりのオフィスだったが、何気ない毎日が楽しく、怒ったり笑ったりすねられたり。  最初はみさをの事を警戒していた。  会社から命じられた業務を淡々とこなせばそれでいい。  そう思っていた。  みさをの事は知ってはいた。  だから、なぜ会社がみさをの仕事のパートナーに自分を選んだのか、理解できなかった。  あなたはあなたの仕事をすればいい。  その言葉は小須戸の支えでもあり、道しるべでもあった。  その道しるべを与えてくれた女性は、ある日突然、会社からも自分の前からも姿を消した。  だからこそ、自分は自分のできる仕事をする。それだけを考えていた。……それだけしか考えないようにしていた。  そして、この業務が終われば、また違う業務が始まり、また別の誰かと仕事をする。  自分は、自分の仕事をするだけだ。今までも、……そして、これからも。  小須戸は自分の席に着く。  斜向かいの空いた席。  そこは、この一年間、時間をともにしたパートナーのいた場所。  小須戸は……、小須戸は席を立つ。  立とうと思って立ったわけではない。  胸の奥からわき上がる何かが小須戸の身体を突き動かしたのだ。  今、自分がしなければいけないこと。やらなければいけないことは何なのか。  考えるまでもない。  小須戸は足早にオフィスを後にした。
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