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――朝だった。
鳥がさえずり、子供たちのはしゃぐ声が聞こえる、お手本のようなすがすがしい朝だった。眠る前と同じく、ふたりで抱き合った格好のままでいることに気付き、絡ませていた脚をそっとほどく。もぞり、と寝返りをうって彼に背を向けると、ふたりの間に落ちかけた彼の腕が、ふたたび私を抱きしめた。
「……なんでそっちむいちゃうの」
「ごめん」
寝返りをうち、彼の方に向き直る。彼は目をつむったままでいる。
長いまつげ、筋の通った鼻、あちこちに散らばるほくろ、厚めのくちびる、その口角、
「そんなにみつめられたらはずかしいよ」
目をつむったままの彼が言う。ごめん、と言いながら、彼の頬にそっと触れる。
「――あなたとおじいちゃんおばあちゃんになって、どう生きていこうか考えてる夢を見てたよ」
長いまつげが、幕を開けるようにゆっくりと上がる。彼の眼はしばらく宙をさまよい、徐々にピントを天上に合わせ、それからゆっくりと私を捉え、見つめた。瞳の中の私を見ながら、親指で彼の頬をこするようになでる。
「……どう生きていく?」
「うん」
夢の中と変わらない彼が――現実と変わらない夢の中の彼がおかしくて、ふふ、と笑う。
「ゲームしたり、美術館行ったりしたいね、って言ってた」
「そっか」
寝ぼけ眼の彼が、ふわりとやわらかな笑みを向ける。
「もう死に近いのに、どう生きようって考えてるなんて、死にたがりの君が見る夢には思えないなぁ」
言いながら、彼は私の頭を胸元に強く引き寄せるようにして抱きしめた。
「だから僕は嬉しいよ」
「……あなたとなら生きていける」
遠くから、心地よい騒がしさがふたりだけの部屋に流れ込む。その騒がしさが、時計の針を、すこしずつ、進めていく。
fin.
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