自殺志願者

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* ――朝だった。 鳥がさえずり、子供たちのはしゃぐ声が聞こえる、お手本のようなすがすがしい朝だった。眠る前と同じく、ふたりで抱き合った格好のままでいることに気付き、絡ませていた脚をそっとほどく。もぞり、と寝返りをうって彼に背を向けると、ふたりの間に落ちかけた彼の腕が、ふたたび私を抱きしめた。 「……なんでそっちむいちゃうの」 「ごめん」 寝返りをうち、彼の方に向き直る。彼は目をつむったままでいる。 長いまつげ、筋の通った鼻、あちこちに散らばるほくろ、厚めのくちびる、その口角、 「そんなにみつめられたらはずかしいよ」 目をつむったままの彼が言う。ごめん、と言いながら、彼の頬にそっと触れる。 「――あなたとおじいちゃんおばあちゃんになって、どう生きていこうか考えてる夢を見てたよ」 長いまつげが、幕を開けるようにゆっくりと上がる。彼の眼はしばらく宙をさまよい、徐々にピントを天上に合わせ、それからゆっくりと私を捉え、見つめた。瞳の中の私を見ながら、親指で彼の頬をこするようになでる。 「……どう生きていく?」 「うん」 夢の中と変わらない彼が――現実と変わらない夢の中の彼がおかしくて、ふふ、と笑う。 「ゲームしたり、美術館行ったりしたいね、って言ってた」 「そっか」 寝ぼけ眼の彼が、ふわりとやわらかな笑みを向ける。 「もう死に近いのに、どう生きようって考えてるなんて、死にたがりの君が見る夢には思えないなぁ」 言いながら、彼は私の頭を胸元に強く引き寄せるようにして抱きしめた。 「だから僕は嬉しいよ」 「……あなたとなら生きていける」 遠くから、心地よい騒がしさがふたりだけの部屋に流れ込む。その騒がしさが、時計の針を、すこしずつ、進めていく。 fin.
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