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西日が廊下を朱く照らしている。コツコツと自分だけの足音が響くのを聞きながら、佐倉は、ひとり教室へと向かっていた。
卒業式が終わって、存外すぐに皆帰ってしまった。このまま打ち上げにでも行くのだろう。未だに残っているのは自分だけだった。別に学校が名残惜しいわけじゃない。ただ、もう少しだけでここにいたくて。
静かに教室の扉を開ける。廊下から差し込む光の先をたどると、窓際の彼の席を静かに照らしていた。軽い鞄を投げ捨てる。卒業証書しか入っていないそれはパサッと床に着地した。
椅子を引くとギッと鈍い音がなる。教室独特のこの音、嫌いじゃない。この席の主もきっとそう言っただろう。学校っぽくていいよね、と。
頬杖をついて、窓から外を眺める。校庭の脇に何本も生えている桜の木。今年は暖かくなるのが早かったから、すでに少しずつ咲き始めている。
花がなければ、ただの味気ない木だ。でも、授業中、何十回何百回と眺めた景色だ。愛着は半端なくあった。高校3年生になってからは席替えがなかったから、見おろす景色が同じだったせいもあるだろう。
目の下に広がる見慣れたはずの景色。ただ、音も人も何もないそこは、見慣れているはずなのにどこか違う場所に見えた。いや、それは今日始まったことではないかもしれない。
はあっとため息をつきながら机に突っ伏した。硬い。ひやりとした心地良い感覚が右頬を伝う。こういう、高校のときに当たり前だったことがきょうで終わってしまうんだなと思ったら、少しだけ寂しくなった。
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