延滞した夜

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テレビ台の横に立てかけてある備え付けのDVDが目に入った。 そういえば、借りていたDVDを返さないといけないんだった。 父親とよく見ていたDVD。 海の街を舞台にした、素敵な家族の物語。 返却期限は昨日だったけど、ショップの開店前に返却ポストに入れれば延滞扱いにはならない。 まだ間に合う。 そう、まだ間に合うんだ。 彼の靴の隣に並べていたヒールを履き、しっかりと閉まっていたドアを音を立てずに開ける。 部屋の外に出てゆっくりと振り返り、ドアの隙間からベッドを覗く。 彼がまだ眠っているのを確認して、ドアをそっと閉じた。 ホテルの玄関をひとり出てみると、ひんやりとした空気の中に柔らかな朝日が降り注いでいる。 いつの間にか濡れていた頬もすぐに乾くだろう。 肌寒い風が波の音と磯の香りを届けてくれる道を歩く。 トラックが跳ねる音に混じって、船出を知らせるはっきりとした汽笛の音。 もう少しだけ。 なんてもう、言わないから。
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