延滞した夜

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遠くの方でくぐもった汽笛が聴こえる。 生暖かいそよ風が耳元をくすぐる。 足元の砂浜に打ち寄せては帰っていく波は、大昔からずっとそうしているように、リズムよく時を刻んでいる。 それはまるで、胸の奥から揺れ伝わってくる鼓動のように。 強く、しかしゆっくりとした動きは心地よくて、安らぎを覚える。 小学生だった頃、私は家に帰るとよく父の腕の中に収まって過ごしていた。 あぐらをかいてウイスキーを傾ける父親の身体に背中を預け、毎週金曜日にDVDを見る時間がとても好きだった。 背中を通して伝わってくる熱と、鼓動。 父親が近所のレンタルショップで借りてきていたDVDは、海が登場する映画ばかりだった。 「船酔いがなかったら船乗りになってた」 酔いが回り顔を紅くさせ口癖のように呟く父親は、市内の配達ドライバーとして、街の至るところを走り回っていた。 そんな父親が私は大好きだった。
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