2.引越しの日

1/1
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ

2.引越しの日

 3月30日、愛莉ちゃんの引っ越しの日。  愛莉ちゃんに手伝ってと言われたわけでもないけど、当然のように俺は愛莉ちゃんを手伝っていた。 「愛莉ちゃんさ、引っ越しの当日は最低限の箱詰めだけ残しておくもんなんだよ。こんなに残しておいてどうするの」 「それじゃあみっしーが手伝いがいがないかなーと」 「はい、食器終わった」 「早い!」 「愛莉ちゃんは遅くない?」  服をもたもた詰めている愛莉ちゃんにため息をついて見下ろす。 「だって何日分か持っておかないといけないから。組み合わせに悩んでるの!」 「俺が選んであげる」 「はぁ?」  目をぱちぱちさせている愛莉ちゃんを横目にどんどん選んでいく。 「愛莉ちゃんの服はだいたい知ってる。社宅に入るのいつだっけ?」 「4月4日……明日からはホテル取ってもらってるけど」 「じゃあ5日分だけど……1日からはスーツだよね」 「1日だけね。あとはオフィスカジュアルでいいって」 「オッケー。じゃあこれとこれと」  ぱっぱと服を選んで並べていく。上下3着ずつ選ぶ。 「これ、これ、これの組み合わせで、こっちとこっち取り替えて2巡目ね。あ、俺んちで洗濯していいから」 「ありがとう…いやいやそれはさすがに。あ、でもホテルに洗濯機あるらしいから」 「なら大丈夫だね。はい、あとパジャマと下着選んで早くスーツケース入れて」 「はい、はい」  俺の勢いに飲まれてすっかり従順になった愛莉ちゃんが大人しく下着を選んでいる。  その様子に満足し、その間に他の服を箱詰めを進める。先程愛莉ちゃんの服はほとんど知ってると言ったけれど、これは語弊ではない。  愛莉ちゃんはそんなに沢山服を買う人ではないし、大学でもそれ以外でもしょっちゅう会っている。いつもシンプルで似たような服を着ている。何度かデート中の愛莉ちゃんに会ったことがあるが、普段と変わりない様子だったので、俺が見たことのない愛莉ちゃんの服があるとは思えなかった。 「詰めたよ」  下着とパジャマをスーツケースに詰め終わった愛莉ちゃんが手持ち無沙汰にこちらを見ていた。 「じゃあ他の下着段ボールに入れて」 「はい」  大人しく下着を段ボールに詰めている愛莉ちゃんを横目に、箱詰めが終わっていないものを整理する。 「あとは鞄と靴を仕舞えばおおむね終わりだよね?」 「多分……」  愛莉ちゃんの方を向いて、思わず目に入った下着に驚く。 「あ、愛莉ちゃんってそんな派手なの持ってるの?! ほとんど黒か白だったじゃん!」 「え? あーこれ、なんかマキと買い物行った時に勧められたから買ったの。ほぼ着てないよ。てか見ないで」  愛莉ちゃんがしっかり説明し終わってから憮然として言う。  愛莉ちゃんの下着は別に見ようと思ったわけではないがこれまで幾度となく、不可抗力で、見えてしまったことがある。愛莉ちゃんの女子力の低さが諸悪の根源であって、決して俺に下心があったわけではないが、見えた時は大抵黒か白で大して飾り気もなく色気ねーなと思ったものだった。  流石にそんな愛莉ちゃんでも彼氏には派手な下着を見せたのかと思うと突然いたたまれない気持ちになったが、どうやらそういうわけでもないらしい。 「なーんだ。愛莉ちゃんに女子力がなくて安心したわ」 「なんかものすごく失礼な気がするんだけど」 「じゃあ靴、箱詰めしてくるからね。パンプスとスニーカーだけ残せばいい?」 「うん」  憮然とする愛莉ちゃんを残して意気揚々と靴箱へ向かう。  愛莉ちゃんの靴はそれほど多くない。見覚えがありすぎて空でも言えそうなほどだ。迷いなく箱へ詰め込み、段ボールを閉じて「靴」と書く。相変わらず汚い字だが愛莉ちゃんが箱詰めしたらきっとこれを書く余裕すらなかったはずだ。感謝して欲しい。 「はい終わった。パンプス袋に入れといたからスーツケースに入れて」 「……なんでそんなに早いの? ありがとう」 「愛莉ちゃんの持ち物は大体知ってるから」 「怖っ。わたしは三島の持ち物なんてほぼ覚えてないけど」 「記憶力の違いです」  いや、本当は興味の違いだ。俺は愛莉ちゃんに興味があるけど、愛莉ちゃんは俺に興味がない。でもそれを言うのは癪なので、絶対に言わない。 「釈然としない……でもいいわ、終わった! ありがとうみっしーのおかげだわ」 「ほんとだよ、お礼してよ」 「うんなんか考えとく」  愛莉ちゃんは雑に返事をしてうきうきとスーツケースを閉めた。その時、ちょうど呼び鈴が鳴る。 「あ、引っ越し業者来たかな」  愛莉ちゃんがパタパタと駆けていく。俺もそれに合わせて立ち上がり、手を払いながら周りを見渡す。このあと細かいものは出るかもしれないが、あとは愛莉ちゃん一人で大丈夫だろう。 「こんにちはー、今日はよろしくお願いします」 「お願いしますー。作業はこの2名でやりますので。大型荷物は養生して運びますので……」  スーツケースを立てかけ、なるべく邪魔にならない場所に置いて玄関へ向かう。狭い1Kに2人もいたら間違いなく邪魔なので、しばらく退出していることにする。 「じゃあ愛莉ちゃん。俺ここにいたら邪魔だと思うから外でてるね。終わったら連絡して」 「あ、うん。ごめんねありがとう」  外を出てコンビニへ向かう。この道も目を閉じても歩けそうなほど、何度も通った道だ。入学してから幾度となく来た愛莉ちゃんの家。家飲みしたこともあったし、酔い潰れた愛莉ちゃんを送って、そのまま朝になって朝ごはんを一緒に買いに行ったりもした。そこには他の友人がいたりもしたけど、あと愛莉ちゃんには彼氏がいることがときどきあったけどいずれも長い付き合いではなかったから、間違いなく俺が一番の訪問者だっただろう。  愛莉ちゃんが引っ越してしまったら、この道も間違いなく通らないだろうと思うと、なんだか急に切ない気持ちが胸をついた。センチメンタルだ。 (俺も愛莉ちゃんのこと笑えないな)  当然のことだが、愛莉ちゃんと俺は別々の会社に就職する。職種は似ているが、業種が全然違う。きっとこれから仕事で関わる機会もないだろう。  今までみたいに会えなくなったら、愛莉ちゃんと俺の関係はどうなっていくのだろう。会えなくても、一番の友達でいられるのだろうか。例えば、結婚したら。一番の友達が異性というのは、許されるのだろうか。答えも出口も見えない。いや、見えてるけど見えないふりをしているのか。  俺はすっかりどんよりした気持ちになってため息をついた。  あてもなくぶらぶらと立ち読みしたりした後、缶コーヒーを4本買って店を出た。  帰り道をとんでもない牛歩で歩く。愛莉ちゃんからの連絡はまだないが、時間を潰すのにも飽きてしまった。こんなにもやもや悩むくらいなら、愛莉ちゃんとくだらない会話でもしていたかった。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!