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4.楽しいひとときは
俺の実家に着くと、母親がすごい笑顔で出迎えた。
「愛莉ちゃん久しぶりねぇ! 来てくれてありがとう。あ、卒業おめでとうね!」
「ご無沙汰してます、ありがとうございます。すみません最後の最後にお世話になっちゃって。これよかったらみなさんで」
愛莉ちゃんが差し出したプリンに母親が目を輝かせている。スイーツは乙女(年齢制限なし)の共通言語なんだろう。
「あら、ありがとう! みんな喜んでるから気にしないで。それにうちの子がね」
「ちょっと母さんやめて」
嫌な予感がして母親の体を回転させてぐっと背中を押す。あら〜やだ思春期ねとかなんとか言っていたが聞こえないふりをする。ふっふと耐えきれずに笑っている愛莉ちゃんにも憮然とした視線を送っておく。
「ほら愛莉ちゃんも上がって。荷物客間に置くから」
「あ、うん。お邪魔します」
愛莉ちゃんが借りてきた猫のようにおしとやかに靴を揃えている。愛莉ちゃんの家に入るときは後ろも振り返らないで靴を脱いで入っていくのに。
「母さん晩飯まで上にいるね」
「はーい」
母親に声をかけ、スーツケースを持って階段を上がる。愛莉ちゃんもお邪魔しますと言いながら追いかけてくる。
上がってすぐの右手のドアを開いて、客間にスーツケースを置く。客間といっても、過去に姉が使っていた部屋だ。姉が3年前に就職して出ていったので、現在は物置兼客間ということになっている。愛莉ちゃんが来るのですっかり片付けられて、今はがらんとした部屋に畳んだ布団が一式置いてあるのみだ。
「夜はこっちで寝て。今は俺の部屋でゲームやろ」
「いいね」
客間の向かいのドアを開いて俺の部屋に入る。愛莉ちゃんも来たことはあるが、もう1年も前になるからかきょろきょろと周りを見ている。
「相変わらず部屋綺麗だよね」
「きれい好きだから……」
「いまわたしと違ってって言おうとしたでしょ」
「せっかく言わなかったのに」
「心の声が顔に出過ぎて黙ったうちに入らない」
愛莉ちゃんが憮然として座る。そのままゲームをいくつか手に取ってみている。
「最近どれやってるの」
「んー最近は、モンハンかウイイレか」
「モンハン難しいのよね……」
「前回愛莉ちゃんコケにされてたよね」
「トラウマだわ」
前回は同じ学部の友人で集まってモンハンをしたがほとんどプレイしたことのない愛莉ちゃんがあまりに下手なのでいじられまくっていた。周囲が全員男でも女子だから手加減してあげようとはならないのが愛莉ちゃんの魅力だ、多分。
「でもウイイレも難しいかも。いいよ今日はモンハン愛莉ちゃんにレクチャーする」
「えぇー」
「俺レクチャー上手いからまかせて」
愛莉ちゃんに有無を言わせずコントローラーを持たせて電源を入れる。
「ほらまず素人は太刀がいいから。変なの選ばないでね」
「えー。弓がいい」
「遠隔系は意外と難しいんだからだだこねないで」
「はいはい」
愛莉ちゃんは文句を言いながらも真剣な表情になっている。説明しながら進んでいくと、愛莉ちゃんは時々体を揺らしながら奮闘した。途中、あー無理無理無理やって!と俺に押し付ける場面がありながらも、なんとか狩りに成功した。
「やったぁ! え、すごくない? すごいよね?!」
「すごいすごい、こんなすぐになかなかできないよ。愛莉ちゃん才能あるよ」
俺のおかげも多分にあるが、ともかく狩りに成功して興奮している愛莉ちゃんが可愛かったので水を差さないでおく。
下階からごはんよーという声が聞こえて、ゲームに一区切りつけて下へ降りた。母親と父親が俺を差し置いて愛莉ちゃんに話しかける中、愛莉ちゃんは終始にこにこしてカレーを食べ、勧められるままビールを飲んで上機嫌だった。
「お風呂先いただきましたーありがとうございます」
「はーい」
湯上がりの愛莉ちゃんがダイニングに顔を出す。愛莉ちゃんが入浴してる間、ダイニングで飲んでいた俺も入れ替わりに席を立つ。
「俺も入ってきていい?」
「うん、さき入っちゃいなさい。お父さんお風呂長いから」
「愛莉ちゃんビール飲むか?」
「あ、いただきます」
同じく飲んでいた父親が愛莉ちゃんに声をかけ、愛莉ちゃんが軽く応じる。愛莉ちゃんはいつも断らない。数多の男と酒の過ちを重ねてきたのも、おそらくそういうことだと俺は思っている。愛莉ちゃんが飲みすぎないよう早く上がらなければ、とここでも俺は思っていた。
風呂から上がると、ダイニングからは案の定楽しそうな声が聞こえてきて俺は面白くない気持ちになる。
「あっおかえりー」
愛莉ちゃんが赤い顔で朗らかに笑っている。これは確実に酔っている。
「今ねあんたが英文の単位落としかけて土下座したけどやっぱり単位落とした時の話聞いてたのよ、あんた面白すぎない?」
「ちょっ……愛莉ちゃん!!」
「わたしもあの時の話今でもお気に入りなんですよー、ねっ」
「ひとんちで人をネタに笑いとらないでくれる?!」
「お前があんまり大学の話しないから母さんが興味津々で聞き出してたぞ」
父親は呑気に笑っている。だめだこっちも酔っている。
「もー愛莉ちゃん上行くよ! 余計なこと言わないの!」
「はい、はーい。おばさんおじさん、ごちそうさまでした」
俺がぐっと愛莉ちゃんの手を引くと、笑いながらも従順に立ち上がって、ふわふわと俺の後をついてくる。手を引いたまま階段を登って俺の部屋に入っても、愛莉ちゃんはにこにこしてついてきた。
「おじさんおばさんと話すの楽しかったよ」
「ほんと余計なこと言わないでよ、せっかくバレずに卒業したのに」
「みっしーはもっと家族にさらけ出したらいいのに」
あははと楽しそうに笑う。俺ばかり恥をかくのは癪なので当て付けに口を開く。
「愛莉ちゃんこそ家族にさらけ出してるの? 交友関係とか」
笑った顔のままぴたりと動きを止めた愛莉ちゃんが、少しの間のあとわざと明るい声で言った。
「うちはもうそういう感じじゃないから」
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