5.関係が終わる時

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5.関係が終わる時

「そういう感じじゃないって?」  自慢じゃないけど俺は空気を読むのがうまい方だ。愛莉ちゃんにはなにか言いたくないことがあって、いつもそういう雰囲気になると踏み込まないようにしてきた。でももう最後だ。気まずくなっても顔を合わせなくて済む。俺はもう愛莉ちゃんの言いたくないことを、あえて踏み荒らしてしまおうという気持ちでいっぱいだった。 「向こうは再婚してわたしなんて関わりたくもないの。もう家族とかじゃないの」 「それって、お母さんが?」 「そう」 「お母さんがそう言ったの?」 「そう。わたしが中学生の時」  愛莉ちゃんを傷つけても構わないと思って言い出したのは俺なのに、それを聞いた俺の方が胸が抉られる気分だった。 「再婚相手がわたしを盗撮してたから。あの人に言ったら、信じられないって。家庭を壊すなら出ていきなさいって言われたから」 「愛莉ちゃん」 「おばあちゃんちに逃げた。でもいつまでも迷惑かけられないから高校は寮制のところにして、大学は遠くに離れて」 「愛莉ちゃん、俺、ごめん」  愛莉ちゃんの手を握る。震えるほど力強く握り締められた手は、爪が食い込んで血が滲んでいる。 「なんでみっしーが謝るの」 「ごめん。言いたくないことなのはわかってたのに。愛莉ちゃんに当て付けしようとして、そんなこと言わせて。ごめん」  少し力の抜けた様子の愛莉ちゃんが、首を緩く振って呟く。 「いいの。わたしが言いたい気分だったんだ。最後だから」 「なんで最後なの。友達としてまた家に呼んでくれるんでしょ」 「わかんないよ……だって、三島が最後にしようとしてたでしょ」  愛莉ちゃんがじっと俺を見つめる。その目からは感情は読み取れない。ただどうしてと俺に問いかけているだけの目だ。予想外に切り込まれて狼狽える。 「そんな……わけじゃ」 「友達なら、ずっと一緒にいられるんだと思ってた」 「あいりちゃ」 「あの人、3回も離婚してるの。わたしを捨てた後、結局その人とも離婚して。家族を切り捨てられるほどの激情なのに、愛とか恋とかになったらそれは、いつか終わってしまうものになるみたい」  愛莉ちゃんの目は相変わらず俺から目線を離さない。いつのまにか愛莉ちゃんの手を握っていた俺の手は、逆に握り込まれるようになっている。 「だからずっと一緒にいたいなら、友達じゃないとダメなんだと思ったの」 ーーなのにどうして最後になってしまったの?  愛莉ちゃんは言葉に出さず、透明な眼差しで俺を射抜いた。なぜなのかと、その答えだけをただ問いかけている。  俺はその目から視線を逸らすこともできずに、瞳を揺らして言い淀んだ。 「お、れは……愛莉ちゃんが友達を望むなら、その位置でいようと思ったから……そっちの方が、愛莉ちゃんにとって価値のあることに思えたから、そうした」  そこまで言うと愛莉ちゃんが分かっているという風にうなずく。それに背中を押されるように、話を続ける。 「でもいつまでこうして友達で愛莉ちゃんのそばにいられるのかなと思ったら、せいぜい、結婚するまでだなって」 「友達、なのに?」  初めて愛莉ちゃんの瞳が揺れた。俺は少し俯いて首を振る。 「異性の友達と二人で会ったら、きっと誤解される。一般的には許されないよ」 「そんなの……分からない。わたしと三島はこれまでだって一度も間違えたりしなかったし、ずっと友達でいられる」 「俺や愛莉ちゃんの結婚相手がそれを許してくれるか分からない。これまでみたいに学校でよく知った関係でもなければ、許されないよ。それに愛莉ちゃんはこれまでだって、彼氏が俺に嫉妬して会うなって言うたびに別れてきたんでしょ。結婚はそういうわけにはいかない」  愛莉ちゃんの瞳が細かく揺れて、表面がきらきらとたくさんの光を集めている。ああ、あの泣く前の美しい愛莉ちゃんだ。 「どうして一緒にいられないの? 一緒にいたいだけなのに。……男に生まれたかった。それか三島が女だったら。そうしたらずっと一緒にいられたのに」 「俺もそれはちょっと思ったよ。でもさ、多分、友達でも恋人でも夫婦でも、絶対なんてものないんだよ」  愛莉ちゃんが絶望したように、悲しそうな顔をする。こんな顔をさせたいわけじゃなかったが、もう壊れ始めた歯車を止められなかった。 「愛莉ちゃんは強く求められたら断らないから、いろんな男と寝たり付き合ったりしてきたんでしょ。でも唯一、俺と会うなっていう言葉にはいつもNOを突きつけてきた。俺はそれにちょっとだけ優越感を感じてた。愛莉ちゃんが一緒にいたいのは俺なんだって。だから友達でよかったんだ」 「そうだよ、」 「でもそれもそろそろ限界だったかな。俺、独占欲強いみたい。愛莉ちゃんが他のやつに抱かれるたび辛かった」  何かを言いかけた愛莉ちゃんが、口をつぐんで黙ってしまった。 「ねぇ愛莉ちゃん。友達も恋人も夫婦も一生なんてことはない。けど、俺は男で愛莉ちゃんは女なんだから、その中でも夫婦は1番一緒にいられる可能性が高いと思わない? 心変わりはあるかもしれないし、喧嘩別れもあるかもしれない。でも少なくとも第三者の気持ち次第で会えなくなるなんて可能性はないでしょ」  逃げようとする愛莉ちゃんの手を掴んで、今度は俺が愛莉ちゃんを見つめた。 「……三島は、友達、だから……」 「愛莉ちゃんは怒った時と困った時、俺のこと三島って呼ぶよね」  愛莉ちゃんは俯いて黙ってしまう。 「いいよ、ゆっくり考えて。悪いけど俺は多分もう、愛莉ちゃんと友達でいられないから。愛莉ちゃんのこと、好きだから」  愛莉ちゃんの手を解放する。4年間の友達関係が終わってしまった。愛莉ちゃんはこのまま逃げてしまうかもしれないけど、もう追いかける権利はない。一番の友達ではなくなってしまったのだから。  愛莉ちゃんは俯いて小さくなり、手で顔を覆う。 「三島はずるい」  その肩が小さく震えている。 「こんなに……大事になってから、どっちか選べなんて」 「ごめんね。待つのは得意なんだ」  愛莉ちゃんの頭にそっと触れ、少しだけ抱き寄せた。 「4年間待ったんだから、あと少しくらい全然待てるよ。返事はいつでもいいから」  愛莉ちゃんはしばらくそのままでいて、やがて小さく頷いた。
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