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6.お別れの朝
寝支度をして愛莉ちゃんと別の部屋で寝た。
俺は喪失感はあったがすっきりしていた。愛莉ちゃんのそばにいたい気持ちはもちろんあるが、これ以上他の男と寝る愛莉ちゃんを見ているのはもう限界だった。
俺なりに考察してみたところでは、愛莉ちゃんが他の男と寝るのは、俺のことは友達だと思い知らせる意味もあったように思う。愛莉ちゃんに惚れてしまったその他大勢になりたくないが、愛莉ちゃんの特別でありたい。その狭間にいることにもう疲れてしまった。
愛莉ちゃんがもし俺と離れることを選んだら、一ヶ月くらいは胸が引き裂かれるような思いをするかもしれないが、きっと時間が経てばそれも和らいでいく。愛莉ちゃんの思い出を大切にしながら、別々に生きていくのもいいかもしれない。
俺が二人の関係を勝手にぶっ壊して、勝手に前向きになり始めた中、愛莉ちゃんは今どんな気持ちであの客間にいるのだろうと考えながら目を閉じた。
翌朝、俺はすっきり目覚めた。俺ってちょっとひどいやつだと我ながら思った。
着替えて下に降りると、もう用意を終えた愛莉ちゃんがいつもと変わらない顔で朝食を食べながら母親と談笑していた。
「あ、おはよー」
「……おはよ、早いね」
あまりにもいつもの愛莉ちゃんなので、なんだか拍子抜けしてしまう。
「同期で女子会することになったから、ホテルに荷物預けに早めに行こうかなって」
にっこり笑う愛莉ちゃんの目の下には、化粧をしているのでよく分からないがうっすらとクマがある気がする。やっぱりあまり眠れなかったんだろうなと少し気持ちを落ち着ける。
「そっか」
「朝からプリンいただいてた」
いたずらっぽく言う愛莉ちゃんの手には昨日の手土産のプリンがある。
「あぁ昨日の」
「みっしーも食べる?」
「ん……うん」
普段なら朝から甘いものは勘弁したいところだが、なんとなく愛莉ちゃんと同じものを食べたい気分だった。それを知っている母親がまぁ珍しいという顔で見てきたが、顔を顰めてあしらった。
「コーヒー入ったわよ。愛莉ちゃんも」
「ありがとうございます」
愛莉ちゃんの隣に掛けて、コーヒーを飲む。ちらりと愛莉ちゃんを覗き見ると幸せそうな顔でコーヒーを飲んでいた。そういえば昔、愛莉ちゃんに甘いものとコーヒーを一緒に摂る至福というのを力説されたことがあったと思い出す。自分のコーヒーとプリンに目を落として、チリチリとした胸の痛みに耐えた。
「甘いの食べてコーヒー飲んでまた甘いの食べる、これ最高だよね」
俺の気持ちを知ってか知らずか愛莉ちゃんは昔と同じようなことを呟いた。昨日は愛莉ちゃんにしてやったと思ったが、今になって俺は一生この人に敵わないのかもしれないとため息をついた。
プリンの蓋を開けて大口で食べ進める。愛莉ちゃんが信じられないという顔で見てきたが無視してどんどん食べた。
「……血糖値めちゃくちゃ上がりそう」
「味わって食べないから」
俺が呟くと愛莉ちゃんが笑いながら返してくる。気まずい顔でコーヒーを飲む俺とは対照的に、最後までにこにことプリンを食べた。
「お世話になりました。ありがとうございました」
「これからお仕事頑張って! またきてねー」
明るく見送る母親を尻目にスーツケースを運び出す。愛莉ちゃんが頭を下げ終えたのを見て玄関ドアを閉めた。
「みっしーもいろいろありがと。門のとこまでで大丈夫だから」
「いいよ、重いでしょ? 駅まで行くよ」
「10分もかからないし。ほんとに……大丈夫だから」
愛莉ちゃんの口調が拒絶に近かったので俺は何も言えなくなる。門扉の外にスーツケースを置いて手を離した。
「じゃあ……気をつけてね」
「うん。ほんとにありがとう。じゃあね」
愛莉ちゃんがスーツケースを受け取って歩き出す。俺はこんなにあっけないなんてと思いながら、気の利いた言葉一つ出ない。愛莉ちゃんが数歩歩いて立ち止まる。
「また、連絡するね」
「うん……返事、待ってるね」
俺はカラカラの喉でなんとか返事をすると、頷いてまた歩き出した愛莉ちゃんを見送った。
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