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7.再会
それから3ヶ月が過ぎた。
愛莉ちゃんからの返事はない。あれから、愛莉ちゃんにも会っていない。
俺も社会人として働き始め、慣れない仕事にやれ歓迎会やなんやと飲み会がやたらとあって、寂しさを感じる間もほとんどなかった。時々ふと思い出してはもう終わりなのかもしれないと強烈な胸の痛みに襲われたが、体を丸くして眠れば、次の日にはまた仕事に追われ、悩む暇も無くなった。別れのタイミングとしてはベストだったのかもしれない、とさえ思っていた。
7月も中盤に差し掛かった金曜日。
「三島くん、今帰り?」
「あ、八木さん。おつかれさま」
定時を2時間すぎ、すっかり暗くなった通用口の前で、同期の八木さんが後ろからポンと肩を叩いて現れた。
「結構残業してるの?」
「んー、まぁちょっと……俺の要領が悪くてね。八木さんも?」
「うん、私ってこんなだめだったの?って思う日々だよ」
八木さんが眉尻を下げて笑う。親近感が湧いて同じように笑顔を作って見せる。
「ねぇ、飲んで帰らない? 多分もうすぐ佐々木くんも来るから」
「あー、うん、そうだね。行こっか」
あまり乗り気でなかったが、暇になるとふと辛い気持ちが蘇るので、なんとなく予定を入れてしまいたかった。
「この店でいいかな」
「うん。佐々木にラインいれとくね」
「生でいいよね?」
「うん」
生二つお願いします、と言う八木さんの声を聞きながら佐々木にラインを送った。まもなく、すぐ行くとスタンプが返ってくる。
「かんぱ〜い」
ほとんど時間をおかずに生ビールがやってくる。ビールなんて前はそれほど好きじゃなかったが、労働後の生ビールの旨さは別格だった。
ぷはーっと二人で同時に息をついて、あまりにタイミングが揃ったので笑い合う。
「三島くんっていつも雰囲気優しくていいよね。紳士って感じ」
「紳士? それ、大学の友達が聞いたら吹き出しそうだな」
俺の脳内にはすぐに愛莉ちゃんが浮かぶ。俺が紳士と言われるのを聞いたら愛莉ちゃんはきっと……、ありえないと言って俺が言った嫌味の数々を並べるんだろうな、と思わず笑ってしまう。
八木さんは目をぱちぱちさせてこちらを見ていた。
「あ、ごめん。思い出しちゃって」
気まずくなって口元を抑えると、八木さんがぷはっと吹き出すように笑った。
「三島くんって可愛いね」
「ちょっとやめて、変な汗かきそう」
八木さんがあははと笑ったところで佐々木が来た。流れるように生ビールを注文し、俺の隣に収まる。
「おつかれー!」
「お疲れ様!」
明るい佐々木の声に合わせて、ジョッキをぶつけて乾杯する。佐々木が面白おかしく愚痴を話すので、俺たちは散々笑って過ごした。
「三島って彼女いるんだっけ?」
「いない、いない。もう3年いない」
「そうなの?! 意外ー!」
八木さんが食いつくオーラを見せたので、早く話題を変えてしまおうとくちを開く。
「工学部なんて男ばっかだからさ。そういえば八木さんは女子大出身だよね? 彼氏いるの?」
「いないいない! 出会いないから!」
「はい! 共学出身だけど俺もいません! 出会いないよねー!」
あははと八木さんが笑って、それに佐々木が明るく乗っかる。二人のこの明るさはありがたかった。
「はいじゃあ寂しい独り身ブラザーに乾杯!」
「何回目!」
そういって何度目かの乾杯をし、生ビールを飲み干した。
全員すっかり酔いが回った帰り道。駅までを若干ふらつきながら歩いていく。
「三島って寮だっけ?」
「ううん実家。でも遠くて。やっぱ寮にしようか一人暮らししようか悩んでる」
「寮にすればいーじゃん! 宅飲みしよ」
「寮の人多いよね、八木さんは?」
「私も寮だよ」
そっかと少し考え込む。最初から寮にしておけばよかったなと若干後悔しながら駅に着く。
「あ、じゃあ俺あっちだから……」
またね、と言おうとして、言えなかった。いるはずのない人がいたから。
「……愛莉、ちゃん?」
改札から少し離れたところで、俯いてつまらなそうにスマホをいじっていたその人が目線を上げる。愛莉ちゃんだ。社会人らしさが馴染んで大人っぽくなったが、少し痩せて、疲れた顔をしている気がする。愛莉ちゃんは最初驚いた顔をして、すぐに気まずそうに目を泳がせた。
「ど、どうしたの? こんなとこで」
「いや、えっと……」
愛莉ちゃんが一瞬ちらりと俺の後ろに目をやって、そういえば一人ではなかったことに思い至る。
「あ、ごめん、俺ここで! またね」
二人に手を振り、愛莉ちゃんに駆け寄る。愛莉ちゃんが小さくごめんと言うので、愛莉ちゃんの手を取って駅の外に出た。夏なのに愛莉ちゃんの手はひんやりと冷たかった。
「愛莉ちゃんどうしたの? びっくりしたよ」
「たまたまこっちに来たから、もしかしたら会えるかなと思って」
「俺に? 連絡くれたらよかったのに」
愛梨ちゃんの手を引いて歩きながら話す。もう手を離してもいい気がしたが、その手が冷たいのでなんとなく離しがたかった。
「なんて連絡したらいいかわかんなかったから……」
「もしかして結構待ってた?」
ぎゅっと手を握り込むと、愛莉ちゃんはちょっと頬を赤くして眉根を寄せた。恥ずかしいけど図星のときの表情だ。
「そんなに待ってない」
「そっか」
嘘だと思ったけど、そこまで性悪ではないので流してあげる。
「ご飯食べてない? どっかお店はいろうか」
「……うん」
「じゃあこっち」
料理が美味しいと評判の居酒屋に入って適当に頼む。愛莉ちゃんの元気がない時はとりあえず食べさせなければならない。話はそれからだ。
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